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24
破壊の衝動を、止められない。
興奮が肥大していく。
目眩過呼吸動悸、止まらない。
気持ちいい。
もっと気持ちよくなりたい、脳味噌が分泌する麻薬に耽溺している。もっと欲する。得れば得るほど欲しくなる。
だから万葉は夜毎、酷い時には日に三回も四回も動画を更新し、シンパを増やしていった。それが万葉を更に強く立ち上げる、大きく形作る。
思い描いていたものとは大きく違う、暗く湿った高校生活。帰りたくない家。会いたくない家族。そこから逃げ、そして万葉は呪いを受けた。
群衆から得られる快楽。悦楽。愉楽。
人が集っているだけで彼女は喜びの世界へと身を投じることができる。多ければ多いほどいい、多いほど万葉は昂る事ができた。
その昂りは破壊に繋がる。
持て余した熱、身に余る感興に身体が膨満し破裂してしまいそうな感覚がある。それを希釈するには破壊するしかなかった。破壊がまた、興奮を呼び込む事実を背に感じながら、マヨの脆弱な魂は抗えない。
辛い。
磨り減る。いや、磨り減ってこの世から消え去るのなら、それはそれでいいとすら、辛うじて残った“元来の秋坂万葉”は思っている。
万葉は現在バッドムーンライジングという名を与えられ、偽の月光に集った人の群れを利用し自らを高みに突き上げていくのだ。
今夜も。
「ブラックタイド登場っ」
タータンチェックのワンピース、胸の大きなリボン、ポニーテール、紺のソックス、靴はローファー。
バッドムーンライジングはデコレーションされたスマートフォンで、道の真ん中に立つチタン製のヒーローを撮影した。
「この集団を撤退させるんだ」
「ヤでぇす」
「だったら僕は、君を懲らしめなければならない」
「桃太郎みたいっ」
無邪気に笑う。
「じゃあ私が鬼?」
鬼が居るならばそれは、彼女自身ではなく彼女が抱えきれずに放出している衝動のことだ。ただそれは不可分なものでもある。
「ねえ、私が鬼なの?」
「自覚があるのか」
「どうかなあ。自覚の有る無しって大切?」
「何か主張があって、破壊活動をしているんじゃないのか」
「ないない。そんな面倒なもの」
そうしないと自壊しそうだから、発散している。
「思う儘に行動していると云うなら、野良犬と一緒だ」
犬なら桃太郎のお供だねと、矢張り無邪気に笑う。
「桃太郎は鬼退治して、村のみんなを救うの? でも、私達は金銀財宝奪ってないけどね」
にっこり笑うバッドムーンライジング。
整った、所謂美人ではないが愛嬌が溢れている。俯いていれば陰気に映るかもしれないが、笑うと大変愛らしい。
だが。
ブラックタイドは剣を出した。
「全てを捨てて此処から出て行け、二度と戻らず静かに暮らせ」
「そうすれば見逃してやるって?」
ブラックタイドは頷いた。女子を斬るのは趣味ではない。
「なめんな」
「ほんとはビビってたりしてえ?」
「なにを云ってる」
「なんかつまんない。正義の味方ならさ、割り切らないと色んなもの捨てないと。怖いくらい一途に、自分の行動に自信持ってよ。こっちを悪と判断してるなら、中途半端な妥協点探ってんじゃないよ!」
突然声が沸き起こった。
万葉を愛せ、万葉に集え、万葉を守れ!
万葉を愛せ、万葉に集え、万葉を守れ!
万葉を愛せ、万葉に集え、万葉を守れ!
殺せ壊せとバッドムーンライジングは叫んだ。
「ねえあんた、誰かに誉められたい? チヤホヤされたい? してやろうか?」
「結構だ。お前らと違って僕の力はギフト、天からの贈り物」
ブラックタイドは一度大菊息を吸い、吐き出した。
「僕はヒーローだ」
最早普通の人ではない。
割り切れ。
悪は切る。躊躇をすればこちらがやられる。
ブラックタイドはバッドムーンライジングを斬って棄てた。
万葉を目当てに集まった連中も、纏めて千切って捨てた。
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