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 好印象を与える記事を作成し紙面に載せる。涼花の毎日はその繰り返しだ。出資者を募り、研究費用としてロキに回す。  正義の為に。  彼女は善意と好意でそれを行っていた。一点の曇りもなく、正義の行いに貢献していると思っている。だから行動を隠す必要などないと思っていた。善行をひけらかすのも悪趣味だが、こそこそ影に隠れてやることでは決してないと思っていた。正直過ぎた、真正面過ぎた。正しい行いを為す者が堂々としていなくてどうすると、馬鹿正直に堂々としすぎた。  ブラックタイド賛同者の挨拶回りに勤しむ涼花の跡をつける若い男。  背の高い美丈夫、森川穣。  黒いメイド、プリティメイズ。  穣は沓形に従うつもりはない。  沓形がきっかけで得られた力は大いに行使するが、それとこれとは別だ。  穣はブラックタイドが嫌いだ。  堂々と正義を名乗る厚顔さが嫌いだ。  正義と悪と云う馬鹿のような二元論を臆面もなく口にする奴が嫌いだ。  ならば矢張り自分は悪なのだろう、厚顔無恥なヒーローに切り刻まれて爆散する側なのだ。  穣の背後に影が現れた。  荒い呼吸を繰り返している。 「誰だ、あんた」  煙の燻る体表に青白い紋様が地割れのように走っている。  獣のような構え。瞳孔の分かりにくい双眸。その表皮は黒。褐色の濃度の高さゆえの黒ではない、変色の果ての混沌を煮詰めた果てにある黒。  黒い魔人は穣を追い越し、涼花に迫った。 「待て!」  背後からの声に涼花は振り返った。 「誰?」  そこに立っていたのは赤黒い皮膚をした魔人。掠れた声で、聞きたいことがあると歩み寄ってくる。恐ろしい形相だ、その様に涼花は固まってしまい、魔人の後ろに立つ優男の存在など目に入っていない。  迫る。「いや、」  迫る、「いやだ、来るなあああっ!」  涼花の悲鳴に呼ばれたようにブラックタイドが現れ、そのまま魔人を殴り飛ばした。邪悪な肉体ながら存外貧弱な魔人は、揉んどり打って地面を転がった。  間髪入れずブラックタイドは右手の甲から剣を突出させつつ魔人との間合いを詰めた。涼花と違い、流石に穣の存在に気付いている。その正体にも。  プリティメイズは厄介だが、目の前の魔人も何をしでかすかわからない。新たなキルスイッチであるのかどうかもわからない。情報がない。  魔人の四肢を駆け巡る青白い皹の、その輝きが増したように見えた。 「俺を元に戻せ」  その一言でブラックタイドには、魔人の正体がわかった。 「ど、泥」太宮太持。  過去、ロキが承諾も取らず人体実験をした被験者にして、一家殺害の重要参考人。原子番号二十五、マンガンをその身に帯びる、ロキと同じ副産物保持者。  何故拐われたのか、何故戻ってきたのか。 「死んだんじゃなかったのか」  着ぐるみキャラクターに拐かされ、人形遣いストラッピングヤングラッドに刺殺された筈だ。 「元に、戻せ」  ブラックタイドは右手の剣を魔人の胸に突き刺さした。魔人は吠えて身体を捻り致命傷を免れる。 「お前は殺さなくてはいけない」  掠れて潰れて聞き取りにくい魔人の声とは違い、ブラックタイドの声は高くも低くもない理性的な声。訛りも癖もない、とても聞き取り易い発声だ。  声すら正しい正義の味方。  涼花は更なる賛同者を得ようと写真を撮ることに専念した。それが自分の役割であると、強く思っている。  ブラックタイドは考える。冷静に状況を判断しなくてはならない。  黒い魔人はいい、しかしその向こうで佇んでいる森川穣が厄介だ。その正体は殺傷能力の高いキルスイッチ、プリティメイズ。  その二人を向こうに回して一体どれ程の力を発揮できるのか。  チタン製バイプロダクトアーマーの力を信じているが、その限界も理解している。ロキが身に付けたそれは鎧。それ以上でも以下でもない。キルスイッチのように脳内麻薬を過剰分泌させ、超人的な力を行使するわけではない。  魔人太持の後ろで、穣が黒い口紅を引いた。  女に化けることで己を昂らせる、プリティメイズとなる。  プリティメイズは魔人のことなど歯牙にもかけず、ブラックタイドのみに照準をしぼっている。  ブラックタイドはその攻撃を受け流すことに集中する。横目に見る太持に動きはない。そのままでいてくれよとロキは願う。  一瞬の隙すらプリティメイズは見逃さず、ブラックタイドの頭部に回し蹴りを食らわせた。ブラックタイドは脳震盪を起こす。追撃され何度も殴られそしてまた蹴られた。チタン装甲のお陰で致命傷にはならない。プリティメイズは叫んで狂って拳でヒーローを打つ。皮膚が裂け骨が露出しても殴り続ける。「糞が!」 「やめるんだ」 「何なんだお前はアアア!」  ブラックタイドは昏倒した。  混乱の最中太持はまた姿を消し、涼花の惨殺死体が発見された。
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