48人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
6
心療内科医、沓形響(くつがたきょう)。
彼の治療を受けに、ひっきりなしに心に傷を抱えた患者がやってくる。腕はいい、しかし仁徳を以て良しとする医者にしては些か、
「煙草吸いてえな、車行くかな」
構内は今や全面禁煙、愛煙家には棲み難い世の中だ。
「先生、次の患者さんがお待ちです」
「ああわかってるよ、ちょっと待たせとけ」
看護師にぞんざいに口を利く。
看護師は露骨に厭そうな顔をした。そんなものお構いなしに、沓形はカルテに目を落とした。
四十を過ぎた元保母の女性が次の患者だが、子供番組に釘付けであると云う。問題なのは、そこに出てくるキャラクターに恋していると本人は云う。その執着の度合いに自分自身戸惑っていると。
蔑まれたりからかわれたり呆れられたり嘲笑されたり、それら忌避すべき事由に囚われ過ぎ好きなものを好きと云えないならば、いっそのこと永遠に秘すか、好きであることをやめるべきだと沓形は思う。
悩み。
人の悩み、懊悩苦悩。
それは沓形の糧。
ドアがノックされた。
「失礼します、東城です」
沓形の返事を待たず部屋に入ってきたのは、前以て実年齢を知っていなければ二十代と判断してしまうだろう、美しい女性だった。偏狭な趣味を持つ沓形でさえ、初見では見とれてしまったほどだ。
東城と名乗った女性は疲れた笑みで会釈をして、沓形の前に置かれた丸椅子に腰を下ろした。
外からサイレンが聞こえてくる。沓形は欠伸を噛み殺しながら外を見た。
「気軽に街も歩けない、嫌な世の中ですなあ」
キルスイッチ、破壊者。
※
黒のワンピース、白のブリム、蒼いウイッグ、黒いパラソル。
プリティメイズ。
黒いメイド姿の怪人はそう名乗った。
ゴスロリチックな女装をした、男。
そう、男だ。
男はまずまずの美しい顔面を有しているが、それでもメイド喫茶で見かけるような衣装を身に纏って違和感がないはずもない。女装するには高身長過ぎる。
長い手足を振り乱し、黒いメイドが街を破壊する。
美しくも見え不格好でもあり、ひたすら恐ろしい。
いったいどこから現れるのか。警察とて手をこまねいているわけではない、常軌を逸した行動と速度、筋力を有するキルスイッチに対し、最新式の装備を以て挑んではいるが、如何せん彼等は威嚇射撃を行おうと怯まない。怯まず立ち向かい派手に暴れるものだから、常に民間人が危険に曝される。そうこうしているうちに巷で話題の新ヒーロー、ブラックタイドが颯爽と現れ、警察は彼の後塵を拝することになる。
警察の目的は悪党退治ではなく治安維持であるから、秩序を乱すものを制することこそが肝要なのだが、世間の謗りは免れない。税金泥棒と声高に叫ぶ者までいる。だから毎度、現場に出張る警官には不要の緊張感が付加されていた。
世間の耳目そして、ブラックタイドよりも先んじること。
警察の制圧行動を華麗にかわして、プリティメイズは笑顔で街を破壊する。その姿に見とれる者が居ようとも、その人間諸共手にしたパラソルで刺し貫く。
青白い顔に黒い口紅が冴えている。
最初のコメントを投稿しよう!