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 街にキルスイッチが跋扈するようになって久しい。  怪しい存在は何処から来て何処へ行くのか、主義主張も犯行声明もなく、ただただ街を壊し人を殺す。  武郷ロキはバイクを走らせ、小高い山の上にある大学病院に向かった。そこに彼の仕事場がある。  ロキは免疫の研究をしている。  肩書き上は医師であるが当人は研究者のつもりだ。  免疫とは体内に侵入してきた異物を攻撃する反応のことを指す。これはまさに一徹で一途、自分と遺伝情報の近い親兄弟から移植された臓器であろうと異物と見なす、頑固で融通の利かない生命の保全システム。  ならば患者自身の細胞を使い、移植すべき臓器を作り出してしまえばいい。  古くから世界各国で研究が進められてきた考え方であり、ロキもその研究者の一人だった。  だった。  そう、今は過去の話。  ロキは、被移植者自身の細胞を培養し移植すべき臓器を作り出す、その目的では思ったような結果は得られなかったが、研究の中途で発見したものがあった。今ではそれが、ロキの研究の主眼となっている。  空中土中水中、食べ物や飲み物。  人の生活圏あらゆる箇所に常在する元素。  ケイ素、アルミニウム、鉄、カルシウム、カリウム、ナトリウム、マグネシウム、マンガン、リン、硫黄、チタン。  それらを瞬時に集める。集めるのみならず、基となる生物その身に元素を結晶化させる。ただ、どの元素が顕在化するかは未知である。  ロキは謂わば副産物の研究に没頭した。  一瞬にして結晶化させた元素をどう活かすか。  何度かの失敗を繰り返し、どうにか出来上がったのは単純な塊。球状、板状や棒状などの単純な形だ。  ロキはその技術を身を守るすべとして利用することとした。  顕在化した元素が硬質な金属類だった場合それは、身を守る盾やプロテクターに適している。持ち運びの苦労なく、瞬間的に身に纏える鎧だ。その構想が現実に近づいたと思えるまでそれなりの時間を要した。  一先ず成功と云える結晶化実験で、顕在化した元素はマンガンだった。  マンガンの使い道など電池ぐらいしか思い浮かばなく、且つ鎧のように被験者の体表を覆う予定が、体内のマンガンの値が著しく上昇したのみだったが、それでも意識的に大量の元素を集結させ得た事実には違いはない。  兎に角実験を重ねるしかない。  科学者が結果をデータとして信頼に足るものとするには万遍の反復が必要だ。億分の一の奇跡が初回で起こった偶然、その指摘を回避するためだ。だが、実験体が慢性的に不足していた。  ならばとロキが自身の肉体を実験に使うことに踏み切るのはそう突拍子もない発想ではない。  どの元素に愛されるかは未知。  理由はわからないが一定の元素ばかり大量に結晶化する。  ロキの場合はチタンだった。  結晶化に成功した時、ロキは叫んだ。  何かを変えられる力を得た。これは凄く恐ろしい事実であるが、反面とても力強いことでもある。  こうして、瞬間的に身に纏うことができる自動生成鎧、副産物装甲バイプロダクトアーマー、ブラックタイドが誕生した。  正義のために。  志は常に高い。ロキとはそういう男だ。
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