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穀雨①
昨日のゲームの続き。僕は今、サッカーゲームをやり込んでいた。何作も続編が発売され続ける屈指の人気サッカーゲームだ。
十作以上発売されているが、僕は今五作目を夢中でやり続けている。過去のゲームだと中古で安く買えて、お金の無い学生の財布に優しい。
このゲームは試合が負けそうになるとリセットする手が使えない。ズルが出来ないのだ。今僕のチームは、上のリーグに昇格するかどうかの際どい順位にいる。
今夜はその昇格を賭けての試合をする筈だった。それがなぜか、一面砂漠の上に立っている。そして、会った事も無い相手と決闘をしなくてはならない。
しかも負けたら僕の存在が消される!?清明一族の子孫だからって、人権無視もいい所だ。唯一頼れるのは、僕の目の前のいる純白のセーラー服を着た少女だけだった。
······いや、頼れるのか?この娘さっきから僕を馬鹿にしかしてないよな。どこまで僕を助けてくれるのか保証も無い。僕の頭の中は
、不安と不満と恐怖で一杯だった。
「稲田佑。アンタの相手が来たわよ」
無慈悲な彼女の言葉は、僕を強制的に決闘の場所に立たせる。存在が消されるって言われたら、嫌でも戦うしかない。
······戦う?喧嘩の一つもした事が無い僕が?通知表で体育がニの僕が?どうやって?
僕の目の前のに決闘相手が現れた。相手は男性で背広を着ている。サラリーマンだろうか?伸びたボサボサの髪。縁無し眼鏡。無精髭に口にはタバコをくわえている。
かなり細見の人だ。頬が痩けている。あんまり健康そうな人に見えないな。眼鏡の奥の両目は、なんだが疲れきっているように見える。
この人も僕と同じ様に、訳が分からないままここに連れてこられたのだろうか。
「両一族の代表は、互いに自己紹介をして下さい」
この決闘の審判。カピバラの着ぐるみが機械音の台詞を口にする。
「······穀雨一族代表、ニノ下明です。三十二歳。システムエンジニアをしています」
ニノ下と名乗ったスーツの男が、口を開いた。なんだが元気が無さそうな声だ。
「ほら!アンタも名乗る」
彼女が肘で僕の腕を突いてきた。い、痛いだろ!
「······い、稲田佑。十七歳。高校三年生です
」
「一族の名も名乗るの!」
また彼女が肘で突いてくる。さっきよりも痛い。全くこの娘は乱暴者だな。
「······せ、清明一族代表·····らしいです」
僕が名乗ってもニノ下さんは特に表情に変化が無い。いや、本当に疲れていそうだな。この人。
「決闘の方法を発表致します」
審判のカピバラが喋った瞬間、僕の心臓、いや胃の辺りだろうか。キリキリと痛む音がした。
気づくと僕とニノ下さんの目の前に、二つのテレビとゲーム機が置かれていた。あれ?
こんなのさっきまで無かったよな?
「決闘はミラクルイレブン5で行い、先に三勝したほうが勝利者とします」
へ?ゲームで勝負すんの?しかもこのゲーム、今正に僕がやり込んでるサッカーゲームだよな。
ニノ下さんがテレビの前に腰を下ろし、コントロールを握る。それを見て、慌てて僕もそれに倣う。お尻に感じる砂の感触が生温かくて気になったが、そうも言ってられない。
テレビのモニターがつき、ゲームの画面が映る。間違いなく僕が今日、家でやるつもりだったゲームだ!
所でこのゲーム、どこにも電源なくてコードも繋がってないけど、なんで起動してんの
?
僕とニノ下さんは、それぞれチームを決める。今回は世界中の選手が集められた、オールスターチーム同士の戦いになった。
······これは、行けるかもしれない。どう言う理由でこの決闘方法が決まったのか知らないけど、少ない僕の得意分野だ。
試合が始まった。試合は一方的な結果になり、たちまちニ勝してしまい、相手に王手がかけられた。
······僕は追い詰められた。つ、強いよニノ下さん。強すぎる。ニノ下さんは僕に連勝しても特に嬉しそうにするでも無い。相変わらず火のついていないタバコをくわえ、ダルそうにしている。
「稲田佑。ちょっとこっち来なさい」
純白のセーラー服を着た少女が、僕の腕を掴み、決闘場所から離れた所に連れて行く。
な、何かアドバイスでもしてくれるのか?
「あと一回負けたらアンタは存在事消されるのよ?危機感持ってんの?」
「そ、そんな事言ったって。あの人強すぎるよ。僕、勝てる気がしないし」
彼女は眉間にシワを寄せ、大きいため息をつく。
「······こうなったら手段は問わないわ。後ろからタックルして、選手を潰すのよ」
「は?な、何言ってんの?そんな事したら一発レッドカードで退場処分にされるよ!」
「大丈夫。バレなきゃ平気よ」
······僕は確信した。この娘、サッカーの事も、ゲームの事もよく理解してない。この反則上等女から、助言は期待できないと僕は諦めた。
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