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立冬⑪
巨大な阿修羅像の頭上から、修行僧の精霊は杖を振り、錫杖の輪が鳴り響く。そうだ。あれは精神を攻撃する音だ。
「······なる程。精霊を操る本人を狙ったのね
」
郡山が両手で頭を抑え、砂の上に膝をつい
た。彼方は阿修羅像では無く、郡山を攻撃したのか!?
「不吉な闇は、元から断たせてもらうわ。覚悟しなさい。郡山楓」
修行僧が左手を広げ、胸に当てる。あれは
、目に見えない衝撃波だ。
「失礼ね。出雲彼方さん。それを言うなら、臭い匂いよ」
修行僧の精霊の攻撃は、郡山に届かなかった。衝撃波を放つ前に、阿修羅像の左拳が修行僧の精霊の背中を直撃する。
彼方の精霊は、地面に叩き落とされた。そこを阿修羅像が踏み潰そうと足を上げたが、
修行僧の精霊は素早く距離をとって離れる。
「······その千里眼とやら。万能では無いようね」
「どう言う意味かしら?出雲彼方さん」
互いの精霊を背後に従え、二人の女子高校生は睨み合う。
「千里眼が万能なら、黒幕本人がこんな戦場に出る必要はないわ。柔らかいソファーで、ふんぞり返って高みの見物が出来る筈よ」
「······半分正解よ。出雲彼方さん。この能力は厄介なの。知りたい時は分からずに。見たくない時は見えてしまう。本当に面倒なの」
二人の舌戦の温度は、だんだん高くなって行った。
「······それを正しい道に使えば、どれだけの事が出来たか。それを安易な破壊に手を染めめた。所詮それがあんたの限界よ。郡山楓」
「悲劇のヒロインのまま死ぬつもりが、うっかり生き残ってしまった気分はどう?恥ずかしくて死にたいなら手を貸すわよ?出雲彼方さん」
思いやりと気遣いの対極にある言葉の応酬は、精霊同士の戦いに移行した。修行僧の精霊が猛スピードで阿修羅像の背後に回り、錫杖を叩きつける。
阿修羅像が苦痛の呻きを漏らす。報復に六本の腕が彼方の精霊を襲う。修行僧の精霊は六本の腕を錫杖で払い、それを避ける。
僕は二体の精霊の戦いを見上げながら、心の中で紅華、爽雲、月炎に語りかけた。もう一度だけ、僕に力を貸してくれと。
「爽雲!」
「あいよ旦那」
阿修羅像の足元に、爽雲が現れる。不敵に笑う爽雲を、阿修羅像は右足で踏み潰そうと足を上げる。その時、阿修羅像のバランスが崩れた。
爽雲は阿修羅像の右足を重くし、左足を軽くした。阿修羅像は倒れそうになったが、六本の手を地面につけ、自分の身体を支えた。
「月炎!」
「は!」
がら空きになった阿修羅像の背中を、月炎が炎の刃で一閃する。阿修羅像な背中に、大きな亀裂が走った。
「紅華!」
「かしこまりました」
紅華の紅い眼が、阿修羅像の背中の亀裂を更に広げていく。
「彼方!」
「任せて!」
修行僧の精霊が、拡大した背中の亀裂に、衝撃波を放った。その衝撃波は阿修羅像の背中を貫き、胸に大穴を開けた。
阿修羅像の精霊は、立たったまま沈黙した
。か、勝ったのか?郡山を見ると、自分の精霊を見上げている。
「······六終収斂」
それは、まるで世界の終わりを告げるようや囁きだった。郡山は確かに言った。六終収斂と。
沈黙したまま屹立する阿修羅像の頭上に、黒装束の聖霊が浮いていた。二体の精霊は重なり合い、一つになって行く。
「止めなさい!郡山楓さん。三終収斂の精霊を二体合わせるなど、どんな危険が貴方に及ぶか予測が出来ません!」
彼方の母が郡山に叫ぶ。郡山は目を伏せている。もうどうでもいい。まるで、そんな表情だ。
その時、僕の中に何かが流れ込んで来た。
······これは、郡山の心の中のイメージ?
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