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五ツ目丸
この屋敷には鬼がいるらしい。
「お前にも見せてやろう」
養父に手を引かれ、離れに連れてこられたのは十二の時だった。
地下へと繋がる階段がギシギシと軋んだ音を立てる。ランプの油の燃える匂いと、湿った土の匂い。土壁に手をつけばそれはひやりと冷たかった。それが妙にこの場を重々しく隔絶的に感じさせた。
前を歩いていた養父が足を止めた。俺はそっと背の影から顔を出した。
そこには大きな木連格子があった。腐りかけの木のあちこちに何かの札が張られ、土壁に打ち込まれた杭から太い縄が遮るようにしてかけられていた。
ふと、何かが暗闇の中でぐるると声を上げて蠢いた。獣のような匂い、生暖かく生臭い吐息が俺の前髪を揺らした。
何かいる。
「ほら、ご覧、旭彦」
養父がランプをかざす。ぼやりとした灯りが何かの影を映し出した。
「!」
真っ黒で、毛むくじゃらの化け物。大きさは10尺ほどはあるだろうか。
一見大きな毛玉のようにしか見えないそれは格子の中で静かに息づいていた。
じっとそれを見つめていると、視線に気がついたのか毛玉の中からギョロッと五つの目が開き、一斉に俺を見下ろした。
「恐ろしがりもしないか」
養父が笑った。
「それでこそ当主に相応しい、やはりお前を引き取ったのは正しかった」
養父が口を開く度、格子の毛玉が毛をざわざわと逆立てた。
「…怒ってる」
「なに、平気だ。ここから出れはしない」
養父が格子を手で叩いた。
「これは道士であった祖先が大昔に封じた鬼だ。これをここに封じてからもいうもの、我が家には富がもたらされている」
「……」
「これ無くしては我が家に繁栄はない。いつかはお前が私に代わり、これを管理していくのだ」
養父の声が遠く聞こえる。水底に沈んだ時に聞こえてくる音のようだ。
俺は目の前の毛玉を見つめ続けた。五つの目も同じようにら変わらず俺を見ている。 言葉をかわさずとも目だけでわかった。
これは俺と同じ生き物だ。
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