二度目の思い出

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「安藤の母ちゃん、あの写真見たのかもな」 安藤家を訪ねた翌日、河川敷の向こうを静かに流れる川を見ながら弘也が言った。橋の裏の鉄骨は、車が走るたびにギシギシと嫌な音を出している。 弘也の話に俺は驚かなかった。 「ヒロナリ、だろ?」 「なんだお前も気付いてたのか。普通ヒロヤだもんよ」 安藤夏江は弘也の名前を淀みなくヒロナリと読んだ。写真の裏面を見ていたのであれば頷ける。やけにすんなりと家に上げてくれたのも、はじめから俺たちを知っていたからではないだろうか。 物渡し前の遺物を漁ることは固く禁じられている。それでも、安藤夏江は娘の部屋に入り詮索をしたのかもしれない。安藤夏江の言葉を借りれば、それが親というものなのだろう。 「なぁ斗真。『死に忘れ』って神様が人間に与えたおせっかいだろ。死んだ人を忘れて前を向いて生きろよーってさ。そのおせっかいに報いて、ちゃんと忘れられるように物渡しをする。安藤の母ちゃんはああ言ってくれたけど、忘れたままの方が幸せなのは常識だよな」 そう、常識だ。 人物撮影に制限があるのも、そうした常識の上に成り立った配慮だ。遺物を処理して記憶を封印する事は、遺族の救いになるに決まっている。昨日、安藤夏江が最後に言ったように、『死に忘れ』は悲しみのない生活を与えてくれる。 それなのに、俺たちが目の前に現れた。俺たちは、安藤小春の遺物に他ならない。 そんな遺物は、遺された者に悲しみだけを与えてしまう。俺たちはそれにもっと早く気付くべきだった。 弘也は、ポケットからあの写真を取り出した。 「もし死んだ人を覚えていられる世界だったら、俺たちは今よりもっと悲しいんだよな」 写真の中の安藤小春は、相変わらずの笑顔だ。俺たちの気も知らないで、無邪気に笑っている。 「あぁ、この写真そこで撮ったのか」 ふと、写真を見ている弘也が呟いた。 「お前が座ってるその場所だよ。ほら」 写真の中の背景は、俺の背に広がる風景と一致していた。 俺は辺りを見渡す。どこかで見た事のある風景に取り囲まれていることに、ようやく気付く。 もしかしたら。 次の瞬間、俺は手でその場を掘り始めていた。
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