タクシードライバー幻想奇譚

1/10

21人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

タクシードライバー幻想奇譚

僕の叔父は若い頃、東京でタクシー運転手をしていた。 青森の閉鎖的な家と父親に反発し、家出同然で上京したのだ。確か上京が22歳の頃、タクシーに乗るようになったのがその5年後と言っていたと記憶しているから、27歳の頃だろう。 「長男以外は穀潰(ごくつぶ)し」が当たり前だった当時の田舎の旧家の次男坊が身に付けている生計(たつき)(すべ)などほとんど何もない中で、唯一、親への無闇(むやみ)な反発心と、自由の渇望(かつぼう)、やり場の無い苛立ちや焦燥(しょうそう)といった青臭い若さから、夜な夜な山間(やまあい)の道を車で爆走するような趣味が高じて(そのくせ親から全額出してもらった金で)取得していた二種免許が、まさか東京で生きる為の命綱になろうなど思ってもみなかった。そう叔父は言う。 ともあれ何のプランもなく都会に飛び込んだ甘ったれを、たった一枚の運転免許証が、青森の田舎とは世界が違うと言っていい大都会にかろうじてしがみつかせていた。 だが、そもそも叔父は都会向けの人間ではなかった。成人するまで大した苦労も努力もせず、地元では少し知られた名家だというだけで周囲の人間にちやほやされた。田舎を嫌いながら、そのじつ田舎の甘さに甘えきっていたのだ。 その上、多くの津軽の人間がそうであるように、叔父も内向的で話下手で人見知りで陰気な性格だった。 (津軽さ帰りてぇ…) 乗せた客に強い(なま)りを悪どくからかわれたり、抜け道を知らぬばかりに悪徳タクシー呼ばわりされ、後ろからシートを蹴りつけられたり頭を殴られたりする度、叔父はそればかり思った。ところが、長男さえいれば残りはどうでもいい父親は、自分から出ていくと言い出した叔父をこれ幸いと勘当していた。もう叔父は少なくとも父親が死ぬまでは故郷に戻れない。 そんな八方塞がりの吹き溜まりの中で、叔父はその男と邂逅(かいこう)する。 昭和45年11月。 その日、新宿界隈(かいわい)を流していた叔父のタクシーに手を挙げ、乗り込んできた男。 「どちらまで?」 そう訊ねる(いとま)も与えず、その男は、 「俺ん()まで」 ーーうんざりした。 (お()の家だの知らねじゃ) どいつもこいつも、都会の人間は身勝手で理不尽で、何より冷たい。初めて乗せる客の自宅なんか、誰が分かる。 だがそんな事を口にしたら、何をされるか分かったものではない。見れば後部座席の男は小柄とはいえ筋骨隆々の身体を高級品のジャケットで包み、下は白のスラックスパンツ。明らかにサラリーマンではない。 (暴力団(ヤス)?) (ののし)られるだけならまだしも、こういう手合いを怒らせたら何をされるか分からない。 「さあて、お客さんのお宅は、と」 先輩のドライバーから教わった、こっちで勝手に結論を出さない、当たり障りの無い受け答えを、まずはしてみる。それでも理不尽に怒られるなら、それはもう向こうからぶつけられた事故みたいなものだと思って諦めるしかない。だが男の反応は意外なものだった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加