タクシードライバー幻想奇譚

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男の雰囲気から、勝手に武家屋敷のような日本の旧家屋を想像していた叔父は、男のナビゲートで辿り着いた邸宅を見て驚いた。 人の背丈よりも高い鉄格子の門扉の向こうには、芝の緑美しい庭が広々と広がり、その奥には白亜の洋館(ヴィクトリア朝コロニアル様式という建築様式らしい)が(そび)えていた。美しいが派手で、どうにも近藤勇には似つかわしくない。 「どうだ、悪趣味な家だろう」 叔父の驚きを見透かしたようにそう言うと男はニヤリと自虐的に笑い、 「兄ちゃん、東京じゃ色々と辛い事もあるだろうけど、負けずに頑張れよ」 そう言って多過ぎるほどのタクシー代を叔父に握らせると、さっさと下車して門の向こうに消えた。 叔父はしばらくの間、(ほう)けたようにその屋敷を車窓越しに眺めていた。タクシー運転手になる前の、日雇い労働者だった頃を含め、今までこれほど親切に接してくれ、過分の報酬を支払ってくれた存在はいなかった。 いや、払われて嬉しかったのはタクシー代よりも、「敬意」だったのだろう。嬉しそうに語る叔父を見るにつけ、いつも僕はそう思ったものだ。
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