タクシードライバー幻想奇譚

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そして叔父が感じた予感通り、テレビ画面から退場した男は、その後そのまま自殺したと、タクシーのラジオの続報で知った。 三島由紀夫。 当代きっての人気作家であり、川端康成の次の日本人ノーベル文学賞受賞者は彼で間違いないとまで言われた三島が、この日突然起こした凶行と、その後の異様な最期の理由については今でも謎の部分が多い。 自身が学生達と共に結成していた「自衛隊を補完する民兵組織」を自称する「(たて)の会」の隊員四名を引き連れ、「旧知の間柄で、刀剣趣味を同じくする総監に自慢の名刀を披露する」として市ヶ谷自衛隊駐屯地の総監に面会、歓談のさなかに突如抜刀し総監を人質にとった。更に、総監室のドアにバリケードを敷設して外部の侵入を防いだ上で、駆け付けた自衛官幹部に要求書を示し、報道各社への通知と駐屯地内の自衛官の集合、また彼らに対し、総監室の窓の外のバルコニーから行う自身の演説を静聴するよう求めた。 演説の内容は、未だ違憲状態で放置され、国家の為に尽くしながらも平和憲法の精神に水を差す存在として煙たがられていた自衛隊を、正式な国の軍隊として認めさせる為に、自衛隊が蜂起(ほうき)してクーデターを起こすよう集まった自衛官に促すというものだった。 だが、自衛隊を日本を護る現代の武士として鼓舞した三島に、他ならぬ自衛官達が猛烈な野次(やじ)を浴びせ始める。結局その喧騒(けんそう)にこれ以上の続行は不可能と見た三島は演説を途中で諦め、総監室に戻ると、なんと総監の見守る中、持参した短刀で切腹を敢行、更には随行した学生隊員が日本刀で断首介錯(かいしゃく)を行うという狂気の自決を演じた。 世に言う「三島事件」の顛末(てんまつ)
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