タクシードライバー幻想奇譚

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父親の死を待っていたかのように、叔父は東京から逃げ出すように故郷に戻り、兄が継いでいた実家の稼業を手伝いながら漫然とした日々を過ごし、五十代後半に(がん)が見つかった。 膵臓(すいぞう)癌は激痛を伴うらしい。叔父は好きな酒も飲めず、食いたいものも喉を通らず、薬が切れて痛みが戻ってくる恐怖を幾度も味あわされ、徐々に精神を病んだ。そしてそれが元で、叔父の家族は叔父と彼らの間に僕を置く事で直接関わる事を辞めてしまった。 家族から着替えを預かり、病室の叔父に届けて、少しの間だけ話し相手になる。汚れた衣類を回収し、家族に届ける。発症してから死ぬまでのごく短い期間、叔父との最期の時間を、僕はそうやって過ごした。 薄情なようだが、苦痛だった。心を病んだ者と時間を共にするストレスはもちろんだが、子供の頃すでに父母が他界していた僕にとって、一緒に酒を飲む仲だった叔父は、今にして思えば最も父性に近い存在だったのかもしれない。そんな人が、会う度に痩せ細り、狂っていく事が耐えられなかった。 勉強不足で医者から教えてもらうまで知らなかったのだが、癌は異常をきたした細胞が細胞分裂によってどんどん増える事で起こるそうだ。つまり老化が進んで細胞分裂能力が衰えれば衰えるほど進行は遅くなる。逆に若いうちは細胞の劣化コピーがどんどん生み出される事になる為、進行が早まるのだそうだ。働き盛りの五十代だった叔父は、文字通りあっという間に死んだ。 ーー最後に会ったあの日、妙な事を言い残して。
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