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「ハル(叔父は僕をこう呼んでいた)、もう来ねくていいがら」
「は? なんで?」
「俺ぁ、頭おがしぐなってまったもの」
無意識に叔父に対して思っていた事を言い当てられたような疚しさで、僕は言葉を詰まらせた。
「おんじ、絶対治るがら。頑張れって」
取り繕いながら必死に頭の中で叔父が少しでも楽しめる話題を探した結果、僕はあの三島との出逢いの話をねだった。だがーー、
「みんなあれのせいだんだ!」
叔父は突然錯乱した。
「誰さ聞いでも知らねえって! 馬鹿コでねえがって! でも俺ぁあの時この眼で見だんだ!」
三島が市ヶ谷駐屯地で死の直前の演説をしていた時、三島のすぐ後ろに張り付くようにして、全身真っ白な「もう一人の三島」が立っていた。
そう叔父は言った、と思う。
叔父はこの時点でもう完全に狂っていた(知らずとは言え、僕がその最後の引鉄を引いてしまった)。以下はまともな文章にならない叔父の叫びの内容を僕なりに繋ぎ合わせた、恐らくこんな事を言ったのだろう、という推測でしかない。
三島と同じ顔を持つ、全身が真っ白な、誰か。三島が顔を歪めて狂気の演説を繰り広げているそのぴったり背後で、その白い影は寸分違わず、三島と同じ口の動きをしていた。下手な腹話術師みたいに、自分の口も動かしながら、まるで背後で三島に「言わせている」ように佇んでいた。
そして、白い影の口の中は直視できないくらい「真っ赤」だった。
「『あれ』が三島さんを連れでったんだ! みんなもーー、みんな連れていかれだんだ!」
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