前書き

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前書き

実話ーー、と言っていいものだろうか。悩む。 何せこれから書く話は、かつて正気を失った人間の口から語られた話だからだ。 だからこの話は、「正気を失った人間が僕に語った」という意味では実話と言えなくもないものの、「正気を失った人間が語った話」が実話であるかどうかは分からないし、僕個人が思うには恐らく実話ではない。 何故なら彼が語った異変が起こったのは、現代史に残るある「事件」の現場であり、当然そこには無数の人間、更には報道のカメラすら入っていた(実際彼もテレビを通して現場を見ていた)。異変が起こったまさにその一点を、その場にいた全員どころか、日本中の人々が注視していたのである。にもかかわらず、彼以外の誰もその異変に気付かなかったからだ。 これだけネットが発達普及し、真偽不明な噂程度の小さな情報をも何年にも(さかのぼ)って掘り起こす事ができる現代にあって、僕自身何度か検索を試みたが、この「事件」についての逸話の中に、彼が語ったような話はもちろん、似たような話ですら見つけられた事はない。 その場にいるうちのたった一人(厳密に言えば彼は「その場」にすらいなかったのだが)にしか見えなかった現象を語ったところで、それを「実話」と呼べるかどうかは疑わしい。むしろ一般的には「幻想(悪意のある言い方を敢えてすれば、妄想)」に属するものなのだろうが、少なくともその経験が彼のその後に暗い影を落とすようになった事だけは、紛れもない「実話」の様だった。 誤解を恐れずに言えば、たとえ妄想であっても、それによって自分の人生をねじ曲げられる程の影響を与える強烈な体験(をした、という思い込み)、それはもはやその人にとって事実を超えた事実なのかもしれない。 前置きが長くなったが、ともあれ徒然(つれづれ)に書いてみようと思う。過去に前例のない話であるという点で、(ある)いはどなたかに気に入ってもらえるかもしれない。 時代は1970年、平成を飛び越えて昭和45年にまで(さかのぼ)る。 ーー前置きの最後になりましたが、この話を僕の記憶の底から(すく)い上げるきっかけとなった、「タクシードライバー幻想奇譚」なるお(あつら)え向きの表題を提供して下さった荒木功さんと、イベントに誘って頂いたサークル主宰の多数存在さん、お忙しい中イベント運営の諸事を取り仕切って頂いたサークル秘書の岡田朔さんに、この場をお借りして感謝申し上げます。 荒木さん、多数さん、朔さん、ありがとうございます。
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