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「それは不思議な話ですな」
だいぶん傷みのきている板間に坐して、この宿をとり仕切る女将の饒舌な語り口に聞き入っていた空穏が、うたた寝をするサラの頭を膝に抱いて相槌を打った。
「ええ。かようなことは初めてでございましてね、私どもも少々困っているのですよ」
「困る?」
「だって旅の皆様にお勧めできる一番の観光場所ですのに」
﨟たけた女将が参ったというように眼尻を下げれば、
「さよう違いありますまい」
空穏も黒衣の袖を上げ、つられて微笑んだ。
時に坊主にしておくのは勿体ないといわれる空穏の笑みに女将がやや顔を赤らめる。
ではごゆるりと、と控えめに戸を閉め女将が去っていくと、土間に臥せってただの牛のふりをし続けた塩竈が真っ先に伸びをした。
「ブモォー! あんあああ疲れたァ」
「これ声が大きいぞ塩竈、宿のだれそれに聞かれたらどうするのだ」
天台宗の僧侶にして医師の空穏が、お供の物言う雄牛・神獣塩竈をじろりと見やる。
「だってですねぇ、ずん黙って聞いているだけって、案外と苦しいものにございますよ」
あーたにゃ分からんでしょうけどね、と愚痴りながら肥えた腹を丸出しにして横ばいになる。
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