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あなたの名前を知ったとき、恋の終わりを知りました。
花笑む頃に、淅瀝を知る
あれは春の兆しが見え始めた頃でした。
卒業の証書の入った黒い筒を持ち、学友と楽しそうに歩くあなたに道を譲りました。
高等科を終え、師範学校へと進むのだと、声も高らかに国の未来と教育へ思いを馳せるあなたの言葉は、とても立派で素敵に思えました。
下宿先の話が聞こえてしまって、ああ、もう会えなくなると気づいてしまって、それからはあなたの出立の日が分からないままに毎日意味もなく道を歩いては耳をすまし、なんとか会えないものかと馬鹿げたことをしていたものです。
名前も知らないあなたに恋をしていたのです。
しがない女学生の私には、高等科のあなたはとても大人に見えて、通学路ですれ違うたびに、どきどきと高鳴る胸を抑えていたことを知らないでしょう。
きっと私は、女学校を終える前に、父の決めたひとの元へゆくのでしょう。
その前に、最後に一度で良いのです。お慕いしていましたと、あなたの後ろ姿に呟くだけでも、きっと私は満足しますから。
お名前をたずねるだけでも、思い出になりましょう。
そう思って、毎日のように何かしら親に言い訳をして、あの人とすれ違ういつもの道を歩いておりました。
忘れもしない、三月の最後の土曜日。
その日はよく晴れて、風も弱く暖かい日でした。
桜もようやく咲き始めた頃でした。
天気も良いので、あの人を探す道より少し先へと足を進めてしまったのです。
葬列が見えました。
数奇屋の門から提灯を持つひと、位牌を抱えたひとが出てきました。
襟に白い布を挟みあっている人たち、そしてその中に遺影を抱える人がいました。
あの人が写っていました。
師範学校へゆくはずの、あの人の顔が、黒い額にふちどられていました。
よく似た兄弟かもしれない。
胸の真ん中が、ぎゅうぎゅうと握りつぶされるかのように苦しくて、息を吸うのも吐くのもやけに難しくてギクシャクと肺を動かしました。
金の蓮を抱えたおじさんと、旗を持った、あの人に似ているけれど少し違う若い男の人が列に並びました。
このまま、お寺に行くのでしょう。
わたしは、認めたくなくて、早く立ち去りたかったのに、足はちっとも動いてはくれませんでした。
葬列は動き出しました。
旗にはあの人の名前が書いてありました。
故がついて、初めてあなたの名前を知りました。
同時に、初めての恋の終わりも知ったのです。
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