第十五話 ランチパーティーは危険! (その1)

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第十五話 ランチパーティーは危険! (その1)

 日曜の午後、マンションの一室は華やいだ空気に包まれていた。  倉橋こずえが経営するサロン形式のレストラン、「キッチン・ヱシャロット」に陶芸教室の生徒を中心とする仲間たちが一堂に会したからだった。 「やっぱりセンスがいいわねえ」  主婦仲間の一人、黒田ゆかりが言った。陶芸教室でこずえのこしらえた皿をべた褒めしていたのもゆかりだった。 「あれでしょ、倉橋さんって美術の学校かなにか出てらっしゃるんでしょ」  別の主婦が言った。こずえはテーブルに真っ白なプレートを並べながら「いいえ、特に」と笑ってかわした。  実際、「キッチン・ヱシャロット」の内装はシンプルながら、美的センスを感じさせた。漆喰風の柄をプリントした壁紙や、使い込まれた古い木製家具、素焼きの壺などの素朴なディスプレイで、店内をどことも特定できない異国の民家風に見せていた。  生活臭を根こそぎ拭い去るのではなく、マンションの一室であることを生かしたつくりは、主婦の暇つぶしとは思えない本格的なものだった。  テーブルにはワイングラスが並べられ、「子供もいますので」と、アルコール抜きのシードルが注がれた。カルパッチョらしき前菜がならぶと、それまで部屋のあちこちを値踏みするように眺めていた主婦たちが、一斉に居住まいを正した。 「大したものはお出しできませんけど、私なりにランチメニューをこしらえました。どうぞ楽しんでいってください」  こずえがテーブルから一歩下がった位置で頭を下げると、小さな拍手が起こった。 「もう、食べていいの?」  首からナプキンを下げたミドリが言った。今日の役はさながらデパートに連れてこられた幼児だ。ミドリの両脇には優名と結衣がやはり首からナプキンを下げてかしこまっている。  ランチパーティーの招待客は十人で、三つのテーブルに分かれて座る格好になっていた。中央の六人掛けにミドリ達三人と美咲、僕、それに招待主であるこずえ。 残る二つのテーブルを他の主婦たちが囲んでいた。 「先生が来られなかったのは残念だったわ」  美咲が言った。今日はピンクのドレスで、髪をアップにしている。娘がほぼ普段着なのと対照的だった。 「まあ、お忙しい方ですからね」  僕はフォローするように言った。実際は主婦達のパーティーに腰が引けたというべきだろう。自分だってこのパーティーがミドリの「計画」でなければ断っていたところだ。  乾杯がなされ、合鴨だか何だかのローストしたものが供された。僕は早くも財布の中身が気になり始めていた。招待とはいえ、値段の設定は集まる主婦たちの平均的な「ランチ代」で設定されている。つまり外のレストラン並みというわけだ。  ホスト役はこずえだったが、場の空気を支配していたのは、陶芸教室同様、美咲だった。美咲はレストラン開店にまつわる裏話をこずえにせがみ、いちいち大げさに感心して見せた後、自分の陶芸教室がいかに大変かという苦労話にさりげなく持ってゆくのだった。
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