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第十七話 ランチパーティーは危険! (その3)
「優名。何、言ってるの!」
優名は美咲の剣幕にも一向に動じることはなかった。
「つまんないものは、つまんない。前の学校のほうがいい」
さあ、ここだ。僕はひとつ息を吸うと、おもむろに口を開いた。
「優名ちゃん。お兄さんも子供のころ、学校が嫌いだったけど、それはそれとして、卒業まで頑張ったぞ。合わない友達とは、無理に付き合わなくてもいいじゃないか」
僕が言い終わるか終らないかのうちに、優名は「違う、違ううっ」と叫びだした。
「友達だけじゃない。全部、全部合わないの」
優名は椅子から立ち上がると、青ざめた顔で自分を見つめている母親に対し、毅然とした眼差しを向けた。
「お母さん。私、中学は公立に行くっ!」
突然の宣言に、美咲の動きが凍り付いたように止まった。
「な、何言ってるの、選抜テストはどうするのっ」
「センバツテストは……受けない」
美咲は絶句し、ミドリの目がしてやったという光を帯びた。母親と、主婦仲間たちの前で堂々と「テストを受けない宣言をする」それがミドリの立てた計画だった。
「テストを……受けないって……だ、駄目よ。そんな。それはできないわ」
美咲がおろおろと狼狽えはじめた。それはそうだろう。子供が竜邦に通っていることが、イコール主婦仲間たちとの「絆」なのだから。
だが、ミドリには別の勝算があった。これだけの人間を前に堂々と宣言することで、優名自身が主婦たちから一目置かれる存在になる、というメリットだ。自分の意思をここまではっきり言える子に育てたという事実が、美咲にとって新たなステイタスになる可能性があるのだ。
「優名ちゃん」
ふいに結衣が口を開いた。もちろん、これも計画の一部だった。
「私もね……実は竜邦が嫌いなんだ」
こずえの表情が一変した。怒り心頭の美咲とは異なり、いったい何が起きているのだという驚愕の表情だった。
「私はもう、進学しちゃったからしょうがないけど……学校の友達は嫌い」
立て続けの告白に、場の空気はもはやランチどころではなくなっていた。
「私は卒業まで、誰とも仲良くしない。友達は高校に行ってから作るつもり」
こずえが消え入りそうな声で「どうしましょう」と呟いた。演技とはいえ、本音を語る結衣の口調は聞く者の心を揺さぶるものがあった。
「ごめんなさい。竜邦が悪い学校だとか、そんなんじゃないんです。ただ、雰囲気になじめる子となじめない子がいるってことを分かって欲しかったんです」
結衣は深々と頭を下げた。主婦たちの中には表情を硬くしている者も少なくない。ここにいる主婦たちの子供は、大半が竜邦の初等部、中等部の生徒なのだ。
「まあ、子供にとっちゃ、通いやすい学校がいい学校なのかもしれないな」
僕は、ミドリの筋書き通りのセリフを口にした。これで僕の役目は終わりだった。
「優名ちゃん、もしかしたら同じ中学になるかもしれないね」
ミドリが駄目押しの台詞を口にした。優名も「だったらいいな」と笑みで返した。
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