第二話 目撃者は危険! (その2)

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第二話 目撃者は危険! (その2)

 僕の名前は秋津俊介。二十八歳だ。  二年ほど前まで、僕はとある私立高校の教師だった。三十歳までに子供の頃から憧れていた絵本作家になろうと、思い切って勤務先を退職したのだった。  そこそこ安定した職をなげうって自由業に転身することに、当然のことながら不安はあった。が、自分の好きな道を迷うことなく進んでいけるという充実感は、やはり何にも代えがたいものだった。  僕はポスターを眺めつつ、ぐっと奥歯をかみしめた。デビューしたはいいが、ヒット作と呼べるほどの作品はまだない。実際は塾講師などで細々と生計を立てているのだった。  僕としては、貯金を切り崩す生活もそろそろ終わりにしたいところだ。  よし、とりあえずじょうろは忘れよう。僕は自分に言い聞かせると、ファンシーグッズ売り場に移動した。手足や尻尾にあたる部分は派手な色づかいがいい。形もユーモラスな方がいい。ファンシーグッズの中には、そんな物もあるに違いない。そう見当をつけてやってきたのだ。  売り場に足を踏み入れると、手鏡や貯金箱など毒々しいまでにカラフルな彩色が目に飛び込んできた。シール、リボン、ヘアピン……漠然と眺めていると、ある商品に視線が吸い寄せられた。それは幼女向けアニメのキャラクターグッズだった。大きなハート形の装飾がついたステッキで、キャラクターの絵がプリントされている。  これだ。『ガモジラ』の尻尾は。  僕は商品を手に取ると、しげしげと眺めた。もちろんこのままでは使えない。上から別の色を重ねて、さらに形状も樹脂か何かで変えなければならない。それでも『ガモジラ』の尻尾はこれ以外に考えられなかった。  僕はステッキを握りしめると、迷うことなく買い物籠に入れた。  変な目で見られないうちに移動しよう。そう決めて体の向きを変えた時だった。  すぐ傍に立っている人影に目が行った。背丈からすると小学校の中学年くらいか。キャップを目深にかぶっているため性別は分からないが、半ズボンと髪の長さから男子のようにも思われた。  僕がおやと思ったのは人物の挙動だった。その人物は持っていたビニール袋に、手に取って眺めていた長い定規をするりと落とし込んだのだった。  もしかして……万引き? 声をかけたものかためらっていると、人影は流れるような動きで棚の向こう側に姿を消した。人影が見えなくなると、同時に興味も薄れていった。  まあいいか。あれだけ袋からはみだしていれば、店員が気づかないはずがない。  僕は『ガモジラ』に再び意識を戻し、レジへと移動した。    会計待ちの列の最後尾につくと、事務用品を手にしたОL風の女性が不審げな視線を投げかけてきた。幼女向けアニメのステッキを手にした三十前男性。怪しまれても、いたしかたない。何とか娘へのプレゼントと思ってもらえないものか。  平静を装って待っているとやがて会計が僕の番になった。レジの女性店員はこれといって不審がる様子も見せず、機械的に清算を行った。代金を支払い、釣銭を待っていた時だった。出口へと向かう通路に視線が吸い寄せられた。  さっきの子供だ。  小柄な人影が、レジを通ることなく店外に出ようとしていた、手にしているビニール袋の端から、角ばった物体の一部がのぞいている。定規だった。  やっぱり万引きか。  僕が睨み付けるのと同時に、人影が顔を上げた。視線が空中でぶつかった。次の瞬間、人影は何事かつぶやいた。その口の動きに僕ははっとなった。   アキツ……  人影が弾かれたように駆け出した。僕も人影を追った。人影は自動ドアをくぐり、一足先に店外に出た。後を追って外に出ると、人影は自転車に跨ろうとするところだった。  逃すわけにはいかない。人影は明らかに僕の苗字を口にしたのだ。
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