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第五話 訪問者は危険! (その1)
デジタルカメラのビュアーで捉えた『ガモジラ』は、理想的な表情だった。
「よし、いい貌だ」
思わず笑みがこぼれた。半月型の眼は吊り上がり過ぎても下がってもいけない。怒りをたたえつつ、どこかに哀愁を秘めていなければならないのだ。
結局『ガモジラ』の頭部はじょうろでなく、アウトドア用の小型ライトにいくつかの小物を組み合わせる形で完成させた。一体感に乏しい、いささか無骨なフォルムではあるが、むしろその方が僕の理想に近かった。
シャープな怪物には人は親近感を抱きづらい。むしろ武骨なフォルムのほうが子供の興味をひきつけるものだ。
二度ほどシャッターを切ったところで、チャイムが鳴った。
僕はいぶかしんだ。新聞の勧誘以外でこのアトリエを訪れる者は皆無に等しい。
「はい」
ドア越しにインターフォンで誰何した。少しの間、沈黙があった。
「わたしだ」
女性の、それも子供かと思うような高い声だった。私というからには僕と面識のある人物に違いない。しかし、心当たりがなかった。
「万引き犯を連行してきた。中に入れてくれないか」
あっと思った。数日前の捕り物が、まざまざと脳裏に甦った。
「あの時の子か」
「そうだ。開けてくれ」
僕がドアを開けると、緑のジャージに身を包んだ少女が立っていた。
「よくここがわかったな」
「連絡すると約束しただろう。私は嘘は嫌いだ」
少女は毅然とした口調で言った。相変わらず、敬意を払うということを知らないようだ。
「そうじゃなくて、どうやってこの場所を……あっ」
少女の背後からおずおずとあらわれた人影を見て、僕は思わず声を上げた。
あの時の「万引き犯」に間違いなかった。さらにもう一つ、僕を驚かせたのが「万引き犯」の性別だった。スポーツキャップに半ズボンという服装からてっきり少年と思い込んでいたが、目の前にいる人物は紛れもない少女だった。
「思い出せるように事件があった日と同じ服装にさせた。……さあ、前に出て。話をしに来たんだから」
ジャージの少女に促され、女の子は僕の前に進み出た。女の子はもじもじとためらうそぶりを見せた後、ゆっくりと顔を上げた。
「あっ……」
キャップの下からあらわれた顔を見て僕は声を上げた。
「どうして君が……」
入ってきた時は気づかなかったが、。見知った人物がそこにいた。
「ごめんなさい」
秀でた額、下がり気味の眼尻。目の前で頭を下げている少女は、僕が助手をしている陶芸教室の娘、樫山優名だった。優名とは面識があるだけでなく、もちろん、何度となく言葉を交わしてもいた。確かに万引きの現場に顔見知りがいれば、逃げるのは当たり前だ。
優名は自転車で向ってきたときの迫力が嘘のようにうち萎れた表情になっていた。
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