2話

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2話

休日が明けた月曜日。 いつもの時間に出勤すると、泉さんは既に仕事を初めていた。 「泉さん、おはようございます!」 「……おはようございます」 相変わらずボソッと小声で返される挨拶。でも今日は、それがとても嬉しく感じる。 あの合コンのおかげで、彼に親近感が湧いたのかも。 「今日もいい天気になりそうですね」 「……夜は雨」 「え、本当ですか? しまった、傘持って来なかったな……帰るまでに降らないといいけど」 「……」 「じゃあ、今日もお互い頑張りましょうね!」 朝から何だかちょっといい気分だな。泉さんがいつもよりも話してくれたからかな?私が一方的に話してた気はするけど、ちゃんと返事はしてくれたもんね。 そんなことを思いながら仕事をしていたからか、折角泉さんが教えてくれた情報をすっかり忘れさっていて……1時間だけ残業して帰ろうとしたら、急に外から雨の音が聞こえ始めた。慌てて窓から見たら結構な雨粒の大きさ。 あちゃー……泉さんが夜から雨だってちゃんと教えてくれてたのに、すっかり忘れて残業しちゃった。 どうしよう。駅まで濡れて行くしかないかなぁ。 帰る準備をしながら窓から何度も外を確かめたけど、やっぱり雨。 結構降ってるし、近くのコンビニで傘を買って帰るしかないか……そう思いながら会社を出たら、すぐ近くに泉さんが立っていた。 「泉さん? どうしたんですか、こんな所で。誰か待ってるんですか?」 「佐川さん」 「はい」 「……」 「?」 「佐川さんを、待ってた」 「え、私?」 何か待ってもらうような理由あったかな? 朝の会話を思い出すけど、特別何かを約束した覚えはない。 「傘、無いって」 「……あ! もしかして、それで待っててくれたんですか?!」 小さく頷く彼に、心底驚いてしまう。だって残業してたから、時刻はもう19時を軽く過ぎているのに。 どれぐらいここで待っててくれたんだろう……あんな何気なく言った一言で……嬉しいけど、流石に申し訳なさ過ぎる。 「たまたまだから」 「え?」 「覗いたらまだ居たから、何となく待ってただけ」 「何となくって……」 もしかして、気を使ってくれてる?私が気にしないように。 「泉さん、ありがとうございます。今度このお礼をさせてください」 「別にいい」 「そういうわけにはいきません。何かお礼をさせてください。でないと私の気が収まりません」 「……」 「泉さん」 「……好きにして」 「ありがとうございます」 軽く溜め息を吐いた彼が、私に一本の傘を差し出してくれる。 彼には似つかわしくない女性物の可愛い傘受け取ると、反対の手には真っ黒な傘が握られている。 あれ……?この傘使われた形跡が無い。というか、新品? 泉さんが持ってる黒い傘は、ちゃんと使った後があるのに。 「あの……この傘どうしたんですか?」 「買った」 「買った?! まさか、私のためにですか!?」 頷く彼に、私は驚いて声も出ない。 不思議そうに私を見る彼は、大したことではないとでも言いたげな表情だ。 「泉さん、この傘の代金お支払いします。おいくらですか?」 「いらない」 「でもこれ、わざわざ買ってくれたんですよね? だったら……」 「いらない」 「泉さーん……」 さっきとは打って変わって頑なな拒否に、私は途方に暮れる。 どうしたものか。流石にそのまま受け取るわけには…… 「あ! じゃあ、今から一緒にご飯食べません? 私の奢りで。それでチャラってことにしましょう!」 「……」 あれ?何か渋い表情してる。 「もしかして、もう食べちゃいました?」 「いや……」 「じゃあ、他に約束があるとか?」 「ない」 「あ、もしかして私と一緒が嫌……」 「違う」 食い気味にきたな。 でも、嫌じゃないならいいってことだよね。他に約束もないみたいだし。 「近くに美味しい居酒屋があるんです。そこ行きましょ!」 彼の無言を諾と受け取った私は、傘を差して泉さんの腕を引く。 何とも言えない表情をしながらも、彼は大人しく私に腕を引かれていた。
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