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7
日曜は普段よりも客の引きが早い。昼間はそこそこ賑わっていた商店街も、夕方にはすっかり客足が途絶えてしまう。そんな時、パティスリー佐倉は潔く店を閉める事にしていた。おかげで日曜の夕方は、比較的自由に時間を使う事ができる。今日もぽっかりと空白の時間ができたので、梨一は切れていた常備薬を買うために薬局に向かった。
椿森商店街から駅前にあるニコニコ薬局までは、自転車で十分の距離だ。行きは緩やかな上りで、帰りは下り坂。無事買い物を終えると、梨一は少し遠回りをして川沿いの土手を走る事にした。まだ日は落ちきっておらず、川面が夕陽を弾いて橙色に輝いている。散歩を楽しむ人たちの邪魔にならないよう、自転車を脇に寄せると、梨一は適当な場所に腰を下ろした。
川に臨む傾斜はパネル状のコンクリート板で補強されており、その隙間からエノコログサやハルジオンがぴょこんと背を伸ばしていた。温い風が髪を掻き混ぜ、水を吸った土の匂いが鼻先を擽る。風も空気も穏やかで、どことなく優しい。桜の花が終わったちょうど今頃の季節が、梨一は一番好きだった。
「あーあ、どうするかなあ……」
父親の爆弾発言から一週間、梨一は普段使わない頭を使って、いろんな事を考えた。
都心の有名店でしばらく修業をして、いずれはどこかに自分の店を出す。それは洋菓子職人なら誰もが一度は考える夢のルートだろう。だが、いまだにカスタードクリーム作りしか任せてもらえていない梨一にとっては、宇宙飛行士を目指すのと同じくらい無謀な話だ。
かといって、社会経験の乏しい梨一が、今から全く違う業種に就くというのも現実的ではなかった。
一番あり得るのは、食品関係の職場でアルバイトでもしながら何か資格を取るというものだが、どれもこれも他人の話みたいで、いまいちピンとこない。だけど実際、あと二年もすれば自分は無職になるのだ。
三十歳、無職。そのなんとも言えない不穏な響きに、ずぅんと気分が重くなる。そこに住所不定でも加われば役満だが、幸い梨一は実家暮らしだった。とはいえ、リーチ状態である事には変わらない。
「つーか、実家暮らしの方がある意味役満じゃねーの……」
本気でやべえな、俺と声に出して呟いたら、背後からぺちんと頭を叩かれた。
「怖いから川辺で独り言はよせ」
耳になじんだ低音が、頭上から聞こえてくる。顎を上げて見上げれば、休日なのに隙のない身形をした幼なじみが立っていた。
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