拷問クラブ

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拷問クラブ

「やはり、これまで蓄積されたストレスが原因のようですね。 人間関係や職場環境。 人は気付かぬうちにそれらの事で沢山のストレスを受けているものです。 貴方の場合はその受けたストレスの量が他の人とは比べものにならない量だ。 なにか、この事に心当たりはありませんか?」 不眠症に悩み、相談しにやってきた男に向かって、医者はそう指摘した。 そしてその指摘はどうやら男にとってまさに図星であったようで、ハッとしたような表情を浮かべる。 「実は、務めている会社が業界では有名なブラック企業なんです。 しかし私はこの10年間ずっと辛い職場環境にも耐えてきました。 なぜなら私に守るべき家族である妻がいたからです。 しかしその妻も先日私に愛想を尽かして他に男を作り、私を置いて出て行きました。 その時からなんです。 不眠症に悩むようになったのは」 「まさに原因はそこにあると思います。 守るべき最愛の人に裏切られてしまったのです。 不眠症になるのも無理はありません。 病院からとりあえず薬を処方しますので、長い時間をかけて治していくしかないでしょう」 「そ、そんな……」 ……長い時間をかけて治していくって言われても、一体何年治療にかかるんだ? ……私はこの不眠症に何年悩み続けなければならないんだ? 男は医者の言葉を受けて分かりやすく頭を抱えた。 しかし、その悩みも医者の発した次の言葉で吹き飛ぶ事になる。 「しかし。 その蓄積されたストレスを解消するいい方法が無いことはないですがね」 「え?」 男は俯いていた顔を上げ、医者の顔を見た。 「あ、あるんですか? ストレスを解消できるいい方法が!?」 「ええ、ありますとも。 私もカウンセラーのくせに実は昔、不眠症だったのです。原因も貴方と同じ、ストレスでね。 しかしこの方法を友人から教えてもらい、実行した途端、不眠症だったのが嘘のように次の夜から眠れるようになったんです。 …………知りたいですか?」 「も、もちろんです! この不眠症のせいで仕事にも集中出来ず、ストレスが蓄積されていく一方。 早く改善したいのです。 お願いします!教えて下さい!」 男は医者に対して頭を地面に擦り付けながら必死で方法について教えてもらおうとした。 そんな男の様子を見て男はニヤリと笑い、 「やはり、タダではちょっとねぇ……」 と申し訳なそうに医者は白々しく呟いた。 「……いくらお支払いすればよろしいですか?」 男は覚悟を決めたような、鋭い目で医者を見つめる。 すると医者は給料の一年分は軽く超える高価な値段を呟いた。 ……足元を見やがって。 男は舌打ちしたくなるのを必死に堪えながら医者の提示した値段の量の金を銀行から急いで下ろし、カバンの中に入れた。 ……これで紹介された方法が全くのインチキだったとしたら、こいつを訴えてやる。 そんな思いを胸に抱きながら男は医者の前に札束を並べる。 「ふむ、確かに頂きました。 それでは貴方にこのクラブ会員の証である会員カードを渡しましょう」 そう言うと、医者はキラキラと銀色に輝く「拷問クラブ」と刻印されたカードを男に手渡した。 「拷問クラブ?」 もちろん男はカードに書かれたその物騒な名前に反応する。 「ええ、その通りです。 説明はクラブの担当者に直接受けて下さい。 わたしが連絡しておきますのでカードの裏に記された場所へ向かって下さい。 貴方の病が治ることを心から願っていますよ」 その医者の言葉を合図に診察は終了し、男はカードを手に持ったまま帰宅した。 その翌日の朝、休日を利用して目の下に大きなクマができた男は拷問クラブへと足を運ぶ事にした。 入り組んだ裏路地を進み続け、男は「会員制バー」と書かれた小さな建物の前についに到着する。 本当にここであっているのか、男はカードの裏に書かれた住所と目の前の建物を交互に見ていると、突然黒いスーツを着たスキンヘッドの怪しい男が話しかけて来た。 「会員カードはお持ちですか?」 「へ?」 急に話しかけられた為、自分でも驚くくらい間抜けな声を出してしまう。 しかし、相手の男はそんな事気にも留めない様子でもう一度 「会員カードはお持ちですか?」 と訪ねて来た。 「ああ、はい。 これですよね?」 男はカードを相手のスキンヘッドの男に提示する。 「……確かにうちのカードですね。 ありがとうございます。 お客様、ウチのご利用は初めてでございますね? 申し遅れました。 私は案内役兼、この拷問クラブの最高責任者であるアールと申します。 それでは実際に様子をお見せしながらご説明致します。どうぞ中へ」 そう男はアールと名乗る者に案内され、店内へと足を踏み入れた。 小さく、古ぼけた外観とは大きく異なり、中はとても広く、そして綺麗に掃除が行き届いているようだった。 壁には斧や、剣などの中世に使われたであろう武器が飾られており、なかなか拷問クラブという名前の通りの雰囲気に満ちている。 「それでは当施設の案内を致します。 迷わぬよう、わたしについて来て下さい」 アールはそう言うと、どんどん細い廊下の奥へと歩きすすんでいく。 男はアールの背中を駆け足で追いながら、左右のマジックミラーとなっている壁の奥の部屋を目で追っていた。 まるで水族館にある水槽のようにそのマジックミラーと、その中の部屋は巨大であった。 しかし中にいるのは魚ではなく、黒い頭巾を頭に被った死刑執行人のような男に、スタンガンのようなもので電気を体に流され泣き叫ぶ、椅子に縛られた女であったが。 「……こ、これは一体なんなんだ?」 心の中で呟いたつもりが、あまりの驚きで思わず口からその言葉は漏れていたが、男はその事にすら気付かなかった。 「これは見ての通り、でございますね」 いつのまにか隣に立っていたアールがそう説明する。 「で、電気椅子?」 日本ではあまり聞きなれないその単語に思わずアールに対して訊ね返した。 「ええ。 電気椅子とは、主に海外で行われていた死刑執行方法の1つでございます。 頭を含めた全身に機械を取り付け、そこから大量の電気を一気に放出して囚人をあの世に送ります。 その電気椅子を我々拷問クラブは海外から入手し、現在拷問用に改造して使用しているのです」 「な、なるほど」 男はアールの言葉にゆっくりとうなづいた。 電気による拷問か。 ドラマなどで見た事はあるが、やはり実際だと迫力は違うものなんだな……。 「あの頭に頭巾を被った方々はみな、この拷問クラブを利用して頂いているお客様でございます。 日頃溜まったストレスや鬱憤を全て椅子に縛られた弱い立場の人間へぶつける事でみな、解消しているのです。 …………あ、拷問されている者達をかわいそうなどと思ってはいけませんよ? 奴等はみな、犯罪を犯していながら社会で裁かれることのなかった極悪人のクズどもです。 例えば、あの電気椅子の拷問を受けている女。 あの女はここに来る前までは発電所で勤務していました。 しかしある日、上司の存在が目障りとなり上司を発電所での事故と見せかけて電気を流し、殺害したのです。だからその苦しみを味わって貰う為に永遠と電気を流し続けています。もちろん何分かのインターバルを置いてはいますがね。 流し始めてもう1週間。 そろそろ気でも狂ってくる頃でしょうか…………」 アールはニヤリと邪悪な笑みを浮かながら説明を続けている。 男はその説明の間、何も言葉を発さなかった。 何故なら、心底心の中で感激していたからだ。 拷問用に整備された完璧な設備、そして拷問される際に発せられる絶望の叫び声。 まさに彼の性癖のニーズにしっかり答えたものがここには揃っていた。 「……これだ、これだよ! 私が求めていたのはこれだ! 日頃の溜まりに溜まったストレスを解消できるまさにここはユートピア! ぜ、是非私にもその拷問を体験させて下さい!」 男はアールにすがりつき、餌を求める犬のような目でそう願った。 「はい、もちろんでございます。 お客座のニーズにお応えするのが私共の役目。 それではまずはどの拷問から体験なされますか? 電気椅子、水責め、最近ではアイアンメイデン(鉄の処女)なんてものもありますが? いかがなされますか…………?」 それから約一ヶ月が経った。 男は今日も拷問グラブにいる。 最近は、ずっと電気椅子コースに彼はハマっていた。 あのビリビリと痺れる感触の良さ、一度味わったらやめられない。 男は今日も全身に装着された機械から流れる電流の痛みから生まれる快感に至福を感じていた。 そう、男はドMだったのだ。
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