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「私と僕」
人はよく、二度死ぬ、と言われている。
命が失われた時、そして、人々から忘れ去られた時だ。
誓って言える。
私は絶対に、自分が死ぬまであの子を忘れ去ることなどないだろう。
あの子が生まれて来た時、季節は冬だった。
逆子が戻らず、帝王切開で出産する事が決まっていたため、妻はひどく不安がった。
そして時には、
「自分のお腹を痛めて産むわけじゃないって、どういう感覚なのかな」
と、インターネットサイトに悪影響を受けて、見当違いな悩みに余計なストレスを抱えてもいた。
自分のお腹を裂くんだぞ。痛めてないわけがないだろ。一生そこに残る傷跡が、一番最初に与えた子どもへの愛情じゃないか。
寒々しい廊下を何度も往復して陣痛を促す妻を見ていた私の言葉は、自分で聞いても恥ずかしくて、顔が真っ赤になってしまうほどだった。
あの子が生まれて来た夜、私は世界一綺麗なものを見た。
麻酔と疲労で意識が朦朧としたまま、それでも涙を浮かべて我が子の居場所を目で探す妻が、母親になった瞬間だった。
なぜ、あの子は奪われたのか。
なぜ、あの子がいなくなったのか。
まだ、2歳になったばかりだった。
私の言葉に可愛い笑顔で、「あい、あい」と返事をしていた。
「寒くないか?」
「あい」
「いい夢をみるんだよ」
「あい」
「おやすみ」
「あい」
なぜ、あの子は奪われたのだ!
なぜ、あの子はいなくなったのだ!
私が悪かったのか?
確かに、このマンション『レジデンス=リベラメンテ』を内見で訪れた時、上の階の住人からここに住むのはやめた方がいいと悪質な忠告を受けた。それからずっと、気にはなっていた。
しかし、昨今の不景気には私の務める会社も影響を免れなかった。子供が生まれてすぐだった事もあり、都心からさほど離れていない立地で格安の家賃とくれば、決めない理由はなかった。選べる立場でもなかったのだ。
だが住んでみて分かったことだが、確かに不可思議な点ある。不動産屋で確認した時も、かつて不審な人死にがあったといういわくもなければ、右翼団体の根城にされているわけでもなかった。それなのに、このマンションからは次々と住人が退居していくのだ。
これはおかしい、何かがあるのかもしれないと、脳裏をよぎりはした。小耳に挟んだところでは、異臭騒ぎが何件か立て続けに起こっているという。
異臭だって? だけど、それくらいのことでこの格安物件から引っ越しなんてするか?
…私の、その考えが甘かったとでもいうのだろうか。
そんな
書きかけだと何度言い聞かせても、導入部だけでも良いから読ませてほしいとせがまれた。
僕がお手洗いに立った時にチラリと目に入った文言が、ひどく彼女の気を引いたそうだ。
「あの子がいなくなった」
という言い回しの部分なのだが、僕自身はそこまで気に入っているわけでもない。
文芸サークルに所属する大学生の僕は、自分の書いた小説を他人に読まれることに抵抗がない。この小説だって同様だ。思いつくままペンを走らせて、800字程書いた。
同じサークルの先輩である彼女なら、読み解くのに2分と掛からないだろう。
「あのさあ」
そら来た。
「面白いとか面白くない以前にさ、まずさ、暗いよ」
そう来ると思った。
「でさ、あとさ、どう考えても挑発的すぎる。色んな意味で避けた方が良い言葉とか団体とかエピソードが満載なのは何で。あえて?」
「でも、続き気になりませんか?」
真っ向勝負に出た僕の質問に、彼女は悔しそうに口を噤み、こう答えた。
「なるにきまってるじゃないか!」
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