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「しかし、お客さん。死入峠しか神次郎村へ入る道はないよ?
車も通れないような兎道を最寄りのバス停から2時間は歩かないといけないんだから。
それにね、今はどうだか知らないけど、あの道は村のもんとじゃなきゃ迷って神隠しにーー」
「大丈夫ですよ。私が神次郎村の出身です」
大将は恐縮し「失礼しました」と言い残すとそそくさと厨房へと下がっていった。
「死入峠は俗称です。正確には糸織峠。
昔は遭難する村外の人が多かったんですーーでも私がいますから大丈夫」
そう言うと井上彩乃は、自分と同じ大学3年生の女子二人の不安そうな顔に微笑みかけた。
「ま、彩ちゃんがそう言うなら大丈夫なんでしょ」
「井上さん、ありがとう」
入学当時から距離の近かった松本と大野と違い、井上と二人の距離が縮まったのは蒲生ゼミに入ってからである。
大学での学年こそ一緒だが井上は遅れて入学した年上であり、二人に限らず他の学生も距離を測りかねていた。
ゼミが一緒になってからは松本の性格がいい方向に働き、ゼミ内ではおしゃべりに花が咲くことが多くなった。
大野は松本のように人生の先輩である井上を「彩ちゃん」と呼ぶことはないが。
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