灰になるまで

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「あっ綿花だから糸織峠か。でも怖ーい。病院には行かなかったの?」 松本は井上の後ろを歩く蒲生から離れないように頑張りながら聞いた。 「村にお医者さんが来てくれたことはあったみたいなんだけどね。その先生も病気になって亡くなってしまったみたい。 亡くなり方が良くなくて、怖がった他のお医者さんが来てくれなくなったの」 「そんなことが……。亡くなり方が良くなかった、とは?」 大野には蒲生の興味が掻きたてられるのが離れていても分かった。 「村で亡くなる方は大抵、顎の周りが腫れたり、股関節の辺りが腫れたり、皮膚に潰瘍ができたりして亡くなりました。 お医者さんは、村を下りた後、皮膚が黒くなって亡くなったようです。村にも一部そうした症状の方がいましたから村で感染したことは間違いない、と」 井上は一旦言葉を切ったが続けて話し出した。 「誰にも助けて貰えなくなった村の人たちは次第に自分たちだけの信仰によって病気を抑えたんです。それがオトーケ様。 オトーケ様が宿る依代を、村の周辺にしか生えないと言われる酔香木(すいこうぼく)と一緒に燃やすのがお祭り。 燃やすと独特の匂いが出るから、山から吹き降ろす風に乗って匂いが流れていく(しも)の人たちからは迷惑がられていたけど」 大野は井上が「病気を抑えようとした」ではなく、「病気を抑えた」と言ったことが、オトーケ様なる信仰を井上が信じているのだと感じた。
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