鈴の音の代償

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「ところで、一体何が起こったんですか?」 新人が運転する車の中で、隣に座る上司に宗介は問いかけた。 「お前聞いてなかったのか?ぼさっとしてんじゃねぇぞ。〇〇大学近くの△△って喫茶店に包丁を持った男が押し入ったそうだ。多分ヤクの中毒者だ───」 そこまで聞いた宗介は自分の喉がヒュッと鳴るのがわかった。 嘘だ。そんなはずない、ありえない。 だって、でも──うそだ、うそだ。 「宗介?おい、大丈夫か?」 急に震えだして過呼吸気味な宗介に、上司は心配そうに声をかけるが本人には届いていない。 宗介は震える指をなんとか抑え込んでスマホの電源を入れた。仕事中にプライベートの携帯の電源を切るのは宗介の癖だった。 起動時間がやけに長く感じる。 ようやくついた白い画面のロックをもどかしげに開けると、留守電が一件入っていた。 葵からだった。 冷や汗が止まらない。強烈な吐き気に襲われながらも宗介は電話のボタンを押した。 きっと間に合わなかったんだ。何かしら邪魔が入って葵は喫茶店に行けなかったんだ。その詫びの電話に違いない。そうだ、きっとそうに決まっている。時間をずらしたいという電話かもしれない。だって、そうじゃないと、葵は──── ぐるぐると頭を働かせる宗介の耳元で、葵からの留守番が再生される。 『宗介さん?お仕事中ごめんなさい。僕、早く宗介さんに逢いたくて1時間も早く来ちゃった。…………でも、ごめんなさい、僕…っ………約束守れないかも。 ここは宗介さんの所の管轄だから、その内来ることになるよね。今はトイレに隠れているけど、きっと見つかるのも時間の問題です。 最後かもしれないから、僕のお願い聞いてくれますか……?僕、宗介さんが好き。宗介さんに出会えてよかった。だから、ね……僕達のことは秘密にしてください。迷惑掛けたくないから、黙っていてください。大丈夫、僕の携帯の履歴は消しておきます。…もう、時間が無いみたい………宗介さん、愛してるよ。 ───』 プツッ──ツ─ツ─ツ─ 3分にも満たない様な内容に、宗介は声が出なかった。頭が理解するのを拒否しているかのようにガンガンと痛んだ。 焦点の合わない瞳で窓の外を見れば、いつの間にか現場についていた。 ゆっくりと車を降りた宗介の目に飛び込んで来たのは、いつも見る喫茶店の外見と、それに似つかわしくない黄色いテープやパトカーの赤いランプだった。喫茶店の大きな窓には血がべったりと付いている。 「葵………」 宗介のポケットから落ちたストラップがチリンと音を立てた。
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