恩師

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恩師

幽玄とは何かを説明しろと、そういった仕事を受ける度に教授は私たちにこぼしました。 ある学生は、それは先生が第一人者なのですから、と返すのでした。 「君はどう思う」 研究室にたまたま来た私に先生がそう声をかけてこられました。 私を、私だと認識して。まだ研究会にも参加していない一学生に過ぎない私を。 どこかで会ったのだろうか。叔父の舞台だろうか。姓だろうか。私は能の一派の家筋でしたが、父も辞めていましたし、分家に過ぎないのです。 じっと見つめ返した私を教授はしばらく眺めたあと、口の端をあげました。 能と日本美学についての権威、樋口教授との初対面はそんな風でした。 南にその話をしたことがあります。 「それはな、答えないというのを先生が気に入ったのだ」 「能を理解しようとしたり、説明することに飽きているのだろう。幽玄は、境地だからな。お前は感覚的に知っている」 知らないぞ、私はあっちの世界には関わっていないんですから 「関わることをやめようという意志がある というのは、もう知っているということだろう」 「お前は知っているから、口に出せないんだろう。芸に狂った者と芸に狂いきれない者の末を知っているから」 何かわからないものの魅力を説明させられるなど、触れれば散る花のような脆さと愚かさだと、教授はそう言いたいのだろう。 そういう南にも、面倒くさそうな様子が感じられたので、その話は終わりとなりました。
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