高野山

1/1

18人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

高野山

再び、九度山にやって来ました。同じように参道を行く。 南と歩くのは久しぶりだった。 神社を過ぎ、山が濃くなる。 籠を担いだ地元の人とすれ違った。土の香りがしました。 「こんにちは、何か採れましたか」 南は気軽に声をかけました 「筍みたいなものとか、色々な。 兄さん、今から山に入るんか?大丈夫か」 多分、僕が街あるきのような軽装だからでしょう。怪訝な顔をされた。 「大丈夫です。僕はこんななりですが……一人は慣れているので」 南がにやっと笑った。俺に任せておけ、とでも言いたそうでした。 「そうか、まあ、気を付けてな。山は色々あるでえな」 苔のついた軍手で額を拭いながら、その人は山を下っていきました。 「お前がわざわざ来るとは思わなかった」 南は少しばかり、申し訳なさそうに言う。 「誘ったくせに。まあ、実際に来るのは遅くなってしまったが」 ぺしゃんこになった麦わら帽子を見せました。 これは元々南のものでした。借りたまま返せずにいました。 「で、久々に自説を聞かせてくれないんですか」 「そうだなあ……何から言えば良いのか」 南と僕は、高野山を歩き続けました。視界が緑に染まるなか、苔の道を。 南しか知らない、参道から離れた道も通りました。 僕たちの靴の裏についた苔が、またあちこちに増えるだろう。 「青衣」は上演されませんでした。 演出家や演者や演者の身内に不幸が続き、中止になりました。 作者の樋口教授もその一人でした。 せっかく教授が広めてくれたのに、適応者は増えませんでした。 昔より適応者が少なくなっているようです。 何度も何度も試しているのに。 補陀落渡海の船に苔と人を載せる。 四方を鳥居で囲い、棺桶のような小さな箱を外から打ち付けて外海へ流す。 大抵は見つからず海底に朽ちるのでしょう。死出の旅から「戻ってきた」者は、不老不死となると言われています。 東大寺や都の労働力として、献上されていたのは、青い衣のそういった者達でした。 熊野はそうして死の国となったのです。 南は、方法を知っていました。 そして、仲間を増やし 潜水艦に乗り、魚雷をいくつも、いくつも。 不死は無敵と同義語ではないのです。 肉体を無くし漂う魂をまとめ、南は帰って来ました。 靖国神社には決して鎮められぬ異形となった神を。 昔語りを終えて、奥の院まで私たちは来てしまいました。 今も空海大師に一日二回食事を運んでいます。 御廟に話は通してありました。 通常のお務めとは別に、心得た僧が待って下さっていました。 南は、すっかり喋らなくなっていました。 足音が、べしゃり、べしゃり、と崩れているのがわかります。 「しっかりしろ、あと少しだ」 「はは、少し……ふやけたからな」 聖域に潮の匂い。 腐臭。 南の最期の。 「頼みがある」 まだ、ここに来れない仲間が海を漂っているかもしれない 意識を保てず、ただの殺戮兵のままの欠片が、いつ集まって陸に上がるか…… そこで、崩れ落ちました。 僧が和紙で南の残りを桶に集めて輿に乗せました。 口に紙をはり、いつもの作法と同じように御廟に膳を運ぶ。 供に入れてもらう。 高野山の奥。 ここにも不死の聖人が いる。 そのうごめく緑色の衣が伸び、南だったものを取り込みました。 自分もそう遠くないうちに、あの一部となるのでしょう。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加