Sweet memories

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 東京駅から電車で一時間。その後バスに乗り換えて終点まで二十分。東京の端っこにある思い出の地は、ひっそりと静まり返っていた。 「着いたね」 「うん。着いたね」  私達は、この場に適した感想が見当たらず、取り敢えず現状報告をし合う。  バスを降りると、そこには記憶より小さくなった商店街が広がっていた。 自分が大きくなったから、相対的に小さく感じるのは仕方がない。けれど、電気は点いているものの、お客さんの姿は見えない。シャッターが降りている店も見受けられる。おもちゃ屋があった場所がぽっかりと空き地になっている。 印象の問題ではない。正しく寂れているのだ。  一昨日感じた高揚感が、一気にしぼんでいく。代わりに不安が台頭し、私の胸をざわめかせた。  あの後。幼馴染との約束を思い出した後、私とカズアキは急いで準備を始めた。  夕食を片付け、ダイニングテーブルにパソコンを持ち寄る。まずは場所の特定。幼い自分の記憶を掘り出すには、インターネットの検索エンジンに頼るのが一番早かった。  東京の外れ、大型団地、二十年前。検索窓にキーワードを入力すると、幾つか候補が出てきた。画面をスクロールしながらぼんやりとした瞳の奥の記憶を無理矢理掻き出し、団地の場所は判明した。  次は判明した団地の現状確認。団地萌えのブログを読み漁り、かなり廃れているものの、どうやら今も存続していることを確認した。  最後に現地への交通手段。東京から一時間半あれば辿り着ける。廃れているとは言え、一応東京アドレスだ。これなら昼に家を出れば、約束の時間に十分間に合う。  丁度日曜日であることはラッキーだった。 遠足気分のカズアキにせがまれ、おにぎりを作ることを約束し、そして今日、今に至る。  取り敢えず私達は商店街を奥まで進み、居住エリアが広がる場所まで向かった。いくつもの住宅棟が群れをなして建っている。  どれも白く綺麗だった建物は、今はところどころ灰色にくすんでいる。それは人も同じで、道中、漸く数人の住人を見かけたが、皆一様に暗い顔をした年寄りだった。植栽として植えられていた木々ばかりが、青々と自分の存在を主張している。  事前情報は得ていたし、覚悟していたつもりだった。けれども、現実を突きつけられると、言いようのない切なさが胸の中にもたげる。不安と、切なさ。それらは負の連鎖のように、ネガティブな感情を誘発させる。 「ねえ」 「ん?」  私は横を歩く恋人に声をかけておきながら、次の言葉を発することを躊躇い、暫し口を閉ざす。 「何だよ」 「……うん」  言葉が喉元まで出ているが、私は飲み込む。気持ちを外に出して、胸の突っかかりを取りたい。けれども、言葉にすることで、それが万が一現実になることが怖い。  何も言わない私に業を煮やしたのか、カズアキは立ち止まった。急にやたらと蝉の声が耳につく。じっとりとした暑さが、私の肌に張り付く。周りにばかり気に取られ、目的を果たすための集中力が、一気に低下している。 「幼馴染に会えないと思ってる?」  怒っている風でもなく、淡々と、静かな声だった。そしてそれは、その通りだった。 「……だって、私もつい一昨日まですっかり忘れていたし」  つまびらかにされた私の気持ちに、私は懸命に言い訳をする。口を尖らせて、少し俯いて。いつもはカズアキが子供っぽいのに、今日は私の方が子供だ。 「昔はあんなに人がいたのに今は全然だし、団地の建物もボロいし、蝉は煩いし、夏が終わるのに変に暑いし」  後半は関係ないだろう。独り心の中でツッコミを入れる。関係ないことまで、理由に持ってきている辺り、相当心が折れてきている。  立ち止まったが最後、私の足は前に進まなくなった。カズアキが詳細な約束の場所を知っている訳がないので、完全に私達は先に進めなくなっている。俯いて自分の足先を見つめる。八方塞がりだ。動力を失った車のように、前進する術を失っている。 「別にどうでも良いんだけどさ」  私が貝のようになっていると、カズアキはぼそりと私に声をかける。 「約束の時間まで、あと三十分だよ」  殆ど条件反射で、私は顔を上げた。慌てて腕時計を見ると、確かに時計の針は四時三十分を示している。  突然突きつけられたタイムリミットに、止まった私の気持ちがまた、そわそわと動き出す。 「折角ここまで来たんだから、取り敢えず行けば良いんじゃない? そんな思いつめるようなことじゃないと思うよ」  そもそもヒカルが思い出したこと自体、奇跡みたいなもんなんだし。カズアキの最後の言葉は、嫌みったらしく聞こえた。でも図星だ。図星だからこそ、よく効く嫌みだ。  確かにそうだった。あんな下らないテレビ番組を見なければ、カズアキが私の幼馴染に興味を示さなければ、私は今日を特別な日と認識することなく過ごしていたのだ。ここに来られたこと自体、奇跡のようなものだった。折角のチャンスに、私はどうしてこんな弱腰になっているんだろう。 「……そうだね。取り敢えず行けば良いよね」  そう言って私はまた、歩を進める。横に並んで、カズアキも歩き始める。  少し進むと、彼は私の顔を覗き込み、にやにやとしながら口を開いた。 「それに、幼馴染は、ヒカルみたいに薄情じゃないかもしれないしね」  今日のカズアキは、やけに調子が良いようだ。
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