4 その正体

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「突然誘ってごめんね。本当に予定なかった?」 「いえ、その……嬉しいです……けど、ここは?」 「あぁ、ここはね。楽園だよ。」 そう言ってふふっと笑う咲間さんの笑顔より、目の前の光景に釘付けになった。 「ひなくん? ひーなくん? どうしたの?あ、もしかして苦手だった?」 「いえ……初めてなのでちょっとびっくりして……」 「そうなんだ。僕はいつも時間が出来るとここに来て癒されているんだ。 あ、来た……!」 目をキラキラとさせて嬉しそうなその顔は子どもみたいで、俺の歯の話をする時の表情ととても似ていた。 「大福〜!会いたかったよ〜!」 店員さんが連れてきたもふもふの仔犬を優しく、けれどしっかりと腕に抱きながら今にも蕩けそうな表情で顔を埋める咲間さんを横目で見やった後で、大事に抱かれたもふもふにも目をやる。 いや、大福って。確かにもちっとしている気もしないでもないけれど。それにしても咲間さんにそんなに可愛がってもらえるなんて羨ましい。 そんな風に撫でてもらえるなら俺も犬になりたいな。 あれ?……今俺、何考えた? おかしい。おかしい。おかしい。犬になりたいなんて……絶対におかしい! 俺が混乱している間にひとしきり大福とじゃれあった咲間さんは、とびきりの笑顔を向けて俺を見やった。 「ひなくんも抱っこしてみる?」 「え……あぁ、はい。でもどうやって……」 「犬に触るのは初めて? 」 「いえ、初めてではないんですけど……あんまり経験はないです。」 「経験って……」と咲間さんはふふっと笑ってから、俺の膝の上へゆっくりと大福を乗せた。 「優しくね。歯をゆっくりブラッシングするみたいに撫でてみて。」 咲間さん、その例えはわかりにくいです。と心の中で独り言ちてから、膝の上のもふもふにゆっくりと触れた。まん丸とした小さな体とその温かさに思わず顔が綻ぶ。 「可愛いですね。まるまっていると確かに大福っぽいかも。」 「でしょ? 可愛いよね。癒されるよね。この子さ、昔飼ってた犬に似ているんだ。」 「咲間さん犬飼ってたんですね。」 「うん。同じ豆柴でね。あ、写真見る?」 俺の返事を待たずに意気揚々と携帯を取り出した咲間さんは、それはもうニコニコとしながら画面をスクロールしていた。そしてお気に入りの写真を見つけたのか携帯画面を俺に向かって差し出し、今にも蕩けそうな笑顔を向けた。 「この子だよ。コタローって言うんだ。」 「え?!……」 「ん? どうしたの?」 驚いた表情のまま固まる俺を見て、咲間さんは不思議そうに首を傾げながら俺の顔を覗き込んだ。 「あの、今コタローって言いました?」 「うん。言ったよ。この子の名前なんだ。」 「この犬が……コタロー……」 「うん。コタロー……」 依然として固まったままの俺に咲間さんはもう一度「どうしたの?」と言って俺を見やった。 コタロー、おまえは人じゃなかったんだね。 こんなにも可愛い、豆柴だったなんて。 なんか、色々とごめんなさい。 だけど……良かった。 良かった。 「コタロー、めちゃくちゃ可愛いですね。」 「あぁ、うん……ひなくん? もしかして泣いている?」 「いえ、泣いてませんよ。泣きません。」 「そんなにコタロー可愛かった? 感動しちゃうくらい? 嬉しいなぁ〜。」 違うんです。咲間さん、確かにコタローは可愛いけど泣きそうな理由はコタローが可愛いからじゃないんです。 咲間さんと居ると心臓が痛いくらいにキュッと締め付けられる事があります。 ふにゃりと笑う姿にドキドキして、キラキラとした笑顔に元気をもらって、あなたのその笑顔にとてつもなく惹かれてしまいます。 知らない名前を聞いて、誰かもわからないのに嫉妬したり、モヤモヤして眠れなかったり…… 犬になりたいって思ったりしてしまうんです。 咲間さん…… 俺、あなたの事を好きになってしまいました。 多分……いやきっと間違いなく。 「ひなくん、まだ時間ある?」 ほら、またそんな顔で笑ったりするから。 時間なんて幾らでも。 咲間さんと一緒に居られるなら。
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