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「じゃぁひなくん、お口あーん。」
言われるがままに口を開く。
最近、咲間さんの股の間が自分の定位置のように思えてきた。
ドッグカフェからの帰り道、咲間さんは「ふんふ〜ん」と鼻歌を歌いながらいつも以上に柔らかな笑顔を浮かべていた。
大福に癒されて大満足といった所なのだろう。
そんな咲間さんの笑顔に癒されるのと同時に、俺は何だか不思議な気分になっていた。
コタローの正体を知り、自分の胸の内の正体まで知った俺は、少しだけ泣いてしまった事もあり、気まづいようなスッキリしたような……けれど切ないような……
そんな曖昧な感情がグルグルと回っていた。
咲間さんは俺の涙など大して気にしてはいないようだけれど。
まだ時間ある? の正体は予想通り。
「ひなくん、今からいい?」
「あぁ、はい。歯ですか?」
「うん。歯、お願いしまーす。」
マンションに帰ってすぐに満面の笑みを浮かべてそう言った咲間さんに、俺はさも当たり前のようにそう答えた。
「はい。歯ですか? 」なんて他人が聞いたらきっと何の事だかわからないだろう。
「うん。歯、お願いしまーす! 」も然りだ。
慣れって怖い……まだ始めて1ヶ月も経っていないというのに俺はすっかりこのアルバイトに慣れてしまっていた。おまけに雇い主に恋までしてしまう始末だ。
いつものように入念に歯をチェックされながらチラリと咲間さんを見やる。下から見上げる咲間さんの顔は何だか新鮮で、というのもいつも気付くと眠ってしまっていたから。そもそも彼の顔をじっくり見ようだなんて今までは思ってもいなかったから。
咲間さんのキラキラとした喜びに満ちた瞳を見て、思わず頬が緩んだ。
「ひなくん、どうしたの?」
「ひえ(いえ)、はいも(何も)。」
「そう? 今笑ったような気がしたから。」
そう言って優しい笑みを向ける咲間さんに胸の奥がキュッとなる。
あぁ、好きだ……。
口を開いたまま、ボーッと咲間さんを見つめた。見つめるというよりは見惚れているの方が正しいのかもしれない。
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