4 その正体

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「はの(あの)……」 「ん? なーに?」 俺の口の中から一切視線を外さないまま咲間さんは答えた。 いや、あの……少しくらいは俺の顔を見てくれてもいいんじゃないでしょうか。 なんて心の中で独り言ちてから、一向に手を止める様子のない咲間さんの腕をポンポンと軽く叩いた。 咲間さんはようやく視線を俺に向けると、手を止めて「ん?」とそれはもう可愛い顔で言った。 俺は口を閉じ、ゴクリと息を飲み込む。 見上げる先には咲間さんの可愛いくて優しい顔があって、「ひなくん? どうしたの?」と言われてハッとした。 そう、俺はまた見惚れてしまっていたのだ。 「あ、すいません……えっと、何だかいつもより長いような気がして……」 「あぁ、ごめんね。 ほら、今日は18日だから……」 「18日……あ! 歯の日!」 「うん。」 咲間さんは蕩けるような笑みを浮かべ、俺はそんな咲間さんを見て蕩けていた。 そうか、今日は『歯の日』だったのか。じゃぁ、今日はいつもより長く触ってもらえる……という事は長く一緒に居られるって事か。 「やった……」 「え?」 「あ、いや! 何でも!……何でもないです! すいません!」 「ふふ。どうして謝るの? ひなくんはやっぱり面白いなぁ。」 あぁ、今度は優しい微笑みだ……この人には一体どれだけの笑顔レパートリーがあるのだろうか…… 「ひなくん、続きをしてもいいかな?」 「あ……はい。」 好きなだけ、満足するまでどうぞ。 「ありがとう。じゃぁもう一回、あーん……」 はい。あーん…… あーん……って言う声……いいんだよな…… 甘く、優しい声に操られるように俺はまた口を開く。ゴム手袋越しの咲間さんの指の感触を感じながら、一度は吐きそうになってしまった事が嘘のように、その心地良さにゆっくりと目を閉じた。 こんな風にずっと咲間さんの側に居られたらいいな…… 高望みもしない。贅沢も言わない。 俺の想いが咲間さんに届かなくても構わない。 だから…… ただ、側に居たい。 側に居て咲間さんの笑顔をずっと見ていたい。 例え歯にしか興味を持たれていないとしても、必要としてくれるならそれでいい。
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