4 その正体

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「え! 学校まで1時間半かかるの?」 「はい。それはまぁいいんですけど、学校が終わってからバイトとなると今の所は辞めて、学校の近くで働こうと思うんです。でもそうなると今までより咲間さんの所に行くのが遅くなっちゃうんですけどいいですか?」 「そう……だよねぇ……」 咲間さんは暫く考え込むように「うーん。」と唸った後で俺を見やった。 「ねぇ、ひなくん。もしもひなくんさえ良ければなんだけど、一緒に住むっていうのはどうだろう?」 「え?……俺と咲間さんが?」 「うん。僕とひなくんが。」 「ここに俺が住む……」 「うん。ここからなら学校まで1時間もかからないでしょ? 僕はこれからもひなくんには僕の元でのアルバイトは続けて欲しいし、学校に慣れるまでは何かと大変でしょ? ここに住めば、家賃や食事の心配も要らないし…… どうかな?」 学校まで1時間かからない。 家賃、食事の心配がない。 里村さんのご飯が毎日食べられるなんて夢のようだ。 それに、咲間さんと毎日一緒に居られるなんて…… でも…… 「それは流石に甘え過ぎな気がします……」 「そうかなぁ。」 「そうですよ。」 「んー……じゃぁ……」 咲間さんはもう一度考え込んだ後で、柔らかな笑顔を向けてこう言った。 「僕のお世話をしてくれない?」 「お世話?!」 「うん。実は仕事が前より忙しくなりそうなんだ。里村さんには家事を任せているからひなくんには別の事をお願いしたいなって。」 「はぁ……どんな事をすればいいんですか?」 「一番してもらえると助かるのはスケジュール管理。僕、予定をすぐに忘れちゃうんだよね。一応全部携帯の中で管理しているんだけど、それでも抜けている事も多くて。だからひなくんにも僕の予定を共有してもらって、確認してもらえるとありがたいなって。 あとはそうだな……」 スケジュール管理以外のお世話は他にもいくつかあった。 週に一度はヘッドマッサージをする。 里村さんの都合がつかない時の家事。 朝、起こす。(爆音アラームが鳴る前に。) 最後のひとつは俺からの提案だ。 「本当にいいんですか?」 「もちろんだよ。僕はひなくんが居てくれると助かるし、何より癒されるから。」 「……ありがとうございます。宜しくお願いします。」 「こちらこそ宜しく。」 こうして、咲間さんの家での生活が始まった。 一緒に暮らし始めてからわかった事が沢山ある。 以前、里村さんが言っていた咲間さんの家でのダメ人間ぶりは予想以上だった。 朝起こすのに30分はかかるし、身支度にもかなり時間がかかる。基本的に急ぐという概念がないのか、いくら時間がないと言ってもゆっくりとしか行動しない。 他にも細かい事を言えば沢山あるけど考えないようにしている。 呆れる事も度々あるし、あれ? 俺は何でこの人の事が好きなんだろう……と本気で考える事だってある。 そうは言っても、やっぱり好きは好きなんだけれど。 相変わらず俺は咲間さんのキラースマイルには抗えないし、呆れながらもどうしたって甘やかしてしまうのだ。 「ひなくん、おかえり。」 「ただいま……です。あ、いい匂い……」 「お腹空いたでしょ? 肉じゃがとひなくんの好きな根菜のお味噌汁もあるよ〜。」 「やった……今すぐ準備しますね!」 「うん。僕も手伝うよ。」 毎週水曜日、咲間さんの歯科医院の休診日には一緒に夕飯を食べる事がいつの間にか当たり前になっていた。 里村さんの手料理を温めなおす事にも慣れた。今はメモがなくたってスムーズに用意が出来る。 2人で囲む食卓が日常になった。 こんなに幸せでいいのかな……って思うくらいに毎日が充実していて、こんな風にずっと咲間さんと生活していけたらと、いけるものだと思い始めていた。 心のどこかで咲間さんも俺の事が好きなんじゃないか……なんてことまで考えるようになっていた。 けれど、そんな都合の良い甘い考えはすぐに打ち砕かれる事になった。
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