4 その正体

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「こ……たろ……」 その言葉に心臓がドクリと跳ねた。 あの時と同じだ…… 「違うよ。俺は孝太郎じゃない。聡太郎だ…… 何だ……寝ぼけているだけか。」 彼の言葉にもう一度心臓が跳ねて、そのままドクンドクンと鼓動は大きくなっていった。 こうたろう?…… そうたろう?…… どういう事だ? 気付くとベッドルームから出てきた彼の腕を掴んでいた。 「ん? どうしたの?」 「あの、今……今、こうたろうって……」 「あぁ、うん。酔うといつも間違えられるんだ。」 彼はそう言って、少し寂しそうに笑った。 胸の中がザワザワと音を立て始めていた。 前に咲間さんが呼んだ名前はコタローだと思っていた……コタローは豆柴だったけど……じゃぁ「こうたろう」 は一体誰なんだ? 呆然とする俺の目の前で彼は手をヒラヒラとさせながら言った。 「おーい。大丈夫? えっと、ごめん。君は誰なんだっけ?」 「あ……俺はあの、咲間さんと一緒に住んでいて……日向 陽介って言います。」 「あぁ!そういえば今日嬉しそうに誠一が言ってたな。 君が〝 ひなくん 〟か。あれだろ?誠一の所で変なバイトさせられているんだろ? ごめんね。あいつは本当歯の事になると異常なまでに興味を持っちゃうからさ。」 さっきまでの寂しそうな表情は消え、彼は明るい調子でそう言った。 俺は彼の話の殆どが耳に入ってはいなかった。 「こうたろう 」の事が気になって仕方がなかったから。 「あの、すいません……さっき言っていた間違えられるってどういう事ですか?」 「え? あぁ、孝太郎は俺の双子の兄貴なんだけど……ってごめん。まだ名前も言っていなかったね。俺は高市 聡太郎(たかいち そうたろう)。誠一とは幼馴染みなんだ。」 「咲間さんの幼馴染み……。あ、あの!コタローって知っていますか?」 「あぁ、うん。誠一が昔飼っていた豆柴だろ?」 「はい……。」 知っているんだ。コタローの事も…… 「違ったらごめん。もしかして、誠一と付き合ってるの?」 「え?! いや、そんな……付き合ってません!俺はただの同居人です!」 「なんだ……そっか。」 そう言った聡太郎さんの顔は安堵しているように見えた。 わからない……何がわからないのかもわからない……けれど、言い様のない不安も、胸の中のザワザワも消えてはくれなくて。 「コタロー」と「こうたろう」 あの時咲間さんが口にしたのはどっちだったんだろう…… 聡太郎さんは咲間さんが聡太郎さんが触れた手を孝太郎さんと間違えたと言った。 聡太郎さんは咲間さんの頬に触れていた。俺が触れた時と同じように。 どうして頬に触れたら目を覚ますんだろう…… どうしてあんなに愛おしそうに名前を呼ぶんだろう…… たったの1年一緒に居ただけで咲間さんの何もかもをわかった気になっていた。 俺はなんてバカなんだ…… 咲間さんにとって自分が特別な存在だなんて、どうして思う事が出来たんだろう。 俺は知らないのに…… 咲間さんの過去も、そして今も…… 何も知らないんだ。
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