5 絶対なんてない

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「君の想いが届く事は絶対にない。」 胸の痛みと共に頭の中で彼の言葉がこだました。 聡太郎さんに初めて会ったあの夜から1カ月が過ぎていた。 あの夜、咲間さんの口から零れ落ちた「こうたろう」の正体を知り動揺した俺は、後先を考えないまま彼に言葉を投げてしまった。 「あの、もっと教えてくれてませんか? 咲間さんの事。」 「え?」と驚く彼の事など御構い無しに俺は畳み掛けるように言葉を続けた。 「もっと知りたいんです。知っておきたいんです。俺はこれからも咲間さんの側に居たいから……」 自分でもどうかしていると思う。初めて会った人にこんな事を言ってしまうなんて。 けれどこの時の俺はとにかく必死で、彼の気持ちなど考える余裕もなかった。 「いきなりそんな事を言われても……」と困ったように頭を掻く聡太郎さんをジッと見つめ続けた。 暫くの沈黙の後で、彼は諦めたように小さく息を吐くと、俺を見やってこう言った。 「わかったよ。それで何が聞きたいの?」 「え?……」 「いや、だから誠一の何が知りたいの?」 「あ……それは……ですね……」 「何だよ。教えてくれと言っておいて聞きたい事は何も考えていなかったの?」 呆れたように笑う聡太郎さんの前で、俺は「すいません。」と呟くように言う事しか出来なくて。その上冷静さを取り戻した俺は、さっき言った言葉のあれこれが頭の中を埋め尽くし、恥ずかしさで思わず俯いてしまった。 「面白い子だなぁ……誠一が気にいるのもわかる気がするよ。また聞きたい事が決まったらいつでも言ってくれ。俺が答えられる範囲なら何でも教えるよ。」 「ありがとうございます……」 「あぁ、でも……一つだけ忠告しておくけど、誠一を好きにならない方がいいよ。まだ引き返せるなら引き返した方がいい。」 「え……」 「もしかしてもう手遅れだったりする?」 「いや、俺は……別に……」 「ひなくんは面白い上に素直な子だな。顔に書いているよ……誠一の事が大好きだって。」 「そ、そんな!そんな事は……!」 焦って吃る俺を見て聡太郎さんは小さく笑った後で、真っ直ぐに俺を見やった。その顔はさっきまでの優しい表情とは違いとても真剣な、それでいて切ない表情だった。 「可哀想だけど、この際だからはっきり言っておくよ。誠一が君を好きになる事は有り得ない。君の想いが届く事は絶対にない。」 「絶対に……ですか……」 「まぁ、絶対なんてこの世には有り得ないのかもしれないけど……奇跡でも起きない限りないと思っておいた方がいい。だからまだ傷が浅い内に諦めた方がいいよ。」 そう言って背を向けた聡太郎さんの背中から視線が外せなくて。俺は何も言えないままその場から動けなかった。 彼の言葉にショックを受けた事ともう一つ、冷静になって気付いた事があったから。 聡太郎さんは俺の事を素直だって言ったけど、 聡太郎さんだって…… 逞しい大きな背中にはっきりと書いてある。 咲間さんの事が好きだって…… 大切だって…… 初対面の俺なんかに何が分かるんだと思うかもしれないけれど、確信してしまったんだ。 だって、咲間さんを見つめる瞳も、優しい声も、触れた指先も…… 愛おしさに満ち溢れていたから。 彼はきっともう「手遅れ 」なんだって。
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