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「咲間さん、俺……」
「心臓が痛いの?! 大変じゃないか! すぐに病院に行かないと!タクシー呼ぶよ……あぁでも救急車を呼んだ方が早いか……」
えーっと…………
ですよね。
そうなっちゃいますよね。
だって、咲間さんは俺の気持ちなんて何一つ知らなくて。甘い声も、とけるような笑顔も、思わせぶりな態度も、全部俺が勝手にそう思っているだけで……
咲間さんが俺と一緒に居る理由は「歯」だけなんだから。
込み上げる涙をグッと堪えて、慌てながら店員を呼ぼうと手をあげる咲間さんの腕を引き寄せた。
「すいません! そんなに痛い訳じゃなくて!だから大丈夫です!救急車は呼ばなくていいです!」
「本当に? 本当に大丈夫なの?」
「はい! 本当にほんとーっに大丈夫ですから!」
「でも……念の為に病院には行こうよ。僕も付き添うから……」
「いや、本当に大丈夫なんで。」
「だけど……」
「だから本当に……」
カプッ……
「痛っ……」
「え?! 大福!」
長い時間、咲間さんと俺に挟まれていた大福は余程居心地が悪かったのだろう。
もしかしたら少し押さえつけてしまっていたのかもしれない。
オフホワイトのシャツがじわりと赤色に染まっていく。
日向 陽介 24歳。初めて犬に噛まれました。
でもね、おまえは偉いよ大福。
咲間さんじゃなくて俺を噛んだんだから。
「はぁ……。大した事なくて良かったよ。」
病院の待合室で、咲間さんは安堵の溜息を吐いた。
「はい。すいません。迷惑をかけて。」
「何で謝るの? ひなくんは何も悪くないよ。腕、痛む?」
「少しだけ。」
「だよね。けっこう血が出てたもんね。治るまでは学校もバイトも休んだ方がいいよ。」
「それは大袈裟ですよ。2、3日で腫れも痛みも引いてくるって言われましたし。大した事ないです。この通り、腕も動かせますしね!」
心配する咲間さんを安心させようと、包帯の巻かれた腕をぶんぶんと振った。
痛い。やっぱり痛い。
でも……
「まだ安静にしてなきゃダメだよ。」って優しく笑う咲間さんの顔を見ていたら、この程度の痛みなんて本当に大した事はないんだ。
「あれ? 誠一?」
「あ……聡太郎……」
突然、目の前に白衣姿の聡太郎さんが現れて、その後ろにはもう一人、聡太郎さんと同じ顔をした人が立っていた。
心臓がドクリと音を立てる。
ゆっくりと隣に視線を移せば、目を見開いたまま、その場に固まったように動かない咲間さんが居た。
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