5 絶対なんてない

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「歯……だけなのか?」 「え?」 「彼を側に置いている理由。」 「んー……そうだなぁ……それだけって訳じゃないけど。まぁでも、あんなに好みの歯に出会ったのは初めてだからね。出来たら手離したくないよ。」 「おまえ、本当にド変態だな。」 「聡太郎に言われたくはないなー。」 顔をクシャリと崩して笑う誠一を見て、少しだけ苛立ちを覚えた。 そんなにヘラヘラ笑うなよ。全然面白くなんてない。 手離したくないなんて、ペットの犬じゃあるまいし。だいたい彼の気持ちを知ってしまったら、おまえは簡単にその手を離すんだろう。 まぁ、彼がはっきりとした告白でもしない限り気付く事はないだろうけど。 こんなにも長く近くにいる俺の想いにすら気付かないんだから。 「おまえよりはマシだ。それに、おまえはそれが好きなんだろ?」 「まぁ……ね。もしかして誘っ……」 「てない。」 「なんだ。残念。」 「嘘つけ。そういう相手なら沢山いるんだろ。」 「いなくはないけど、聡ちゃんみたいに上手にしてくれる人は中々いない。」 「その呼び方やめろ。変な事を思い出す。」 「思い出せばいいだろ……思い出してよ……」 俺を見ている筈なのに、その瞳には俺は映っていないような気がして。 誰に言っているんだよ。そんなに悲しそうな目をしないでくれ。 「おまえ、相当酔ってるな。もう帰るぞ。送ってく。」 「ねぇ……」 「うるさい。ダメだ。」 「今夜は1人になりたくないんだ。」 「帰ればいいだろう。待ってるんだろ? 〝可愛いひなくん〟が。」 「やっぱり聡太郎は意地悪だ…… 彼をベッドに誘えって言うの……?」 「……意地悪なのはお前だ。」 誠一の指先が俺の首筋に伸びてくる。 「あったかい……」 潤んだ瞳と甘ったるい声…… 「おまえの指が冷たいんだ。」 そんな目で見るな…… そんな声で喋るなよ…… 「聡太郎……」 おまえは酷い奴だ……俺が抗えないのをわかっていてそんな顔をするんだから。 「くそっ……」 勢いに任せて誠一の腕を引き店を出た。1秒でも早く家に辿り着きたくてタクシーに乗り込む。 シートに身体を預け、通り過ぎていく窓の外の風景を見つめていた。 冷たい指に触れられた筈の首筋が熱を帯びて、疼くようにジンジンと甘い痛みを伴う。 俺も誠一も黙ったままで、さっきから煩く響く鼓動が聞こえてしまわないかと思うくらいに静寂が車内を包んでいた。 ふいに俺の手に誠一の手が重なった。すっかり熱を取り戻した指先は何の迷いもなく俺の指に絡んで、ぎゅっと強く繋がれた。 忙しなくリズムを刻んでいた心臓がドクリと大きく跳ねる。 痛いくらいに。 とてもじゃないけれど誠一の顔なんて見れない。 どんな顔をしているのかなんて、想像するだけで頭がおかしくなりそうだ。
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