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戸崎さんのことならとてもよく知っている。校則に引っかからない絶妙な色に染められた髪を、ふわふわに巻いた彼女。可愛らしい容姿は男女問わず人気があり、可憐な人だと思っていた。だからこそすぐに気付いたんだ。夏仕様のブラウスの袖からたまに顔を出す、二の腕の火傷跡に。
「私ね。あのね。三日前、戸崎ちゃんとそのお友達にね、教科書を全部捨てられたの」
「そうなの?」
小学生の頃、私は一本の映画を観たことがある。夜中に一人で目を覚まし、両親の目を盗んで点けたテレビで偶然放送していたR15映画。真っ暗な空間の中でチカチカとリビングを照らすテレビの画面に釘付けになった。画面から離れなさいという父親も、そんなもの観てないで寝なさいという母親もいない。私は夢中になってテレビにへばり付いていた。
そこでやっていた映画は連続放火殺人事件を題材にしたもので、その被害者である女性の一生を描いた物語だ。自宅を放火されてたった一人生き残った女性が酷い火傷跡に苦しみ、周りからも迫害される悲しく切ない物語。
「その前はね、上履きにめいっぱい泥を詰められてね。一日中スリッパで過ごしたの」
「大変ね」
映画の中の女性は辛い治療に耐えて立ち直っていたのに。もう完治したはずの火傷跡が何年経っても疼くというシーンが印象的だった。治っているのに痛むだなんてあまりに可哀想だと思った。とても辛いだろうと思った。
「その前は無理やり前髪を切られたしね、そのまた前はね、机に虫の死骸を入れられたの」
「なんの虫?」
「え……とね。蝉とか、ミミズとかかな」
私は同世代の女の子と比べると随分沢山の映画を観てきたと思う。世間一般で「スプラッタ」と呼ばれているものも観た。ナイフで切られたり鈍器で殴られたり、R18のショッキングなシーンも観てきたけど、なんでか私はやっぱり火傷が一番痛くて可哀想だなと思って。
「えっとね、先週はね。裏庭で沢山お腹を殴られたの。思わず吐いたらちょっと血が混じってて、びっくりしちゃった!」
「それは痛そうね」
どうしてだろう。幼い頃に一番最初に観た映画だったから? それとも初めて目にした火傷跡が強烈に印象に残っているから? 正直自分でもよく分からない。とにかく私は、切って貼り付けたような赤茶色の火傷跡を見ると、どうしようもなく意識を引っ張られた。
「先月はお財布に入ってたお金を全部取られちゃってね、その前はね、帰り道に待ち伏せされて川にも落とされたりしてね」
だから私が戸崎さんを観察するようになったのもそのせいだと思う。ちらりと見えた二の腕のあれは火傷跡なのか、それとも痣か何かなのか。見かけるたびに目を凝らすようになったんだ。
だけどやっぱりいつも少ししか見えなくて、もどかしくて。流石に突然袖を捲り上げるわけにもいかないからどうしようかなって。気になって気になって仕方がなかった。
懐かしいなあ。そうやっていつも戸崎さんを目で追っていた頃が懐かしい。相変わらず窓の外を眺める私は、いつの間にか部活動の喧騒が聞こえなくなっていることに気付く。いま何時なんだろう。そろそろ帰らなければいけないだろうか。本当はもう少し浸っていたいんだけれど。
「それでね、それなのにね。昨日は何も無かったんだよ。ねえ倉川さん。昨日はなんにも無かったの」
昨日。昨日は何をしていたんだっけ? そうだ、テレビを見ていた。よくある街中散策のバラエティ番組。食べ歩きしていたソフトクリームが美味しそうだった。
「不思議だよね。一昨日まではね、戸崎ちゃん達に沢山いじめられてたんだよ。一昨日の昼休みは、焼却炉のところでみんなに殴られてたの」
「そう」
「倉川さんは、それをじっと見てたよね?」
教室が静まり返る。
ああ、それは覚えてる。忘れもしない。焼却炉のところで見知らぬ女生徒を殴ろうと腕を振り上げた戸崎さんを、見かけてすぐに足を止めた。いつもみたいに距離をとって眺め、そうしたら今までで一番良く見えたんだ。いつも戸崎さんの二の腕を隠していた半袖が捲れた時、そこには間違いなく火傷跡があった。
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