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ああ、今思い出しても涙がこみ上げてきそう。だって私はあの日のあの夜に映画を見たときからずっと夢見ていたから。火傷跡で苦しむ人を、私の手で楽にしてあげる瞬間を。
あの映画のラストで女性は自殺した。人を呪い、世の中を呪い、自分の火傷跡を呪い、「みんなが私を苦しめるの」と言い残してビルから飛び降りるラストシーン。そこで幼いながらに泣いてしまったのを覚えている。私ならもっと優しく終わらせてあげられるのに。私ならその苦しみに同調して、一緒に涙して、その人の身になって殺してあげられる。そう思うと悔し涙がこぼれた。
そんな長年の夢が叶い、戸崎さんを救ってあげられたことがあまりに幸せで、私はずっとこうして一昨日の余韻に浸っている。
「ねえ倉川さん。見て。ほら、私ね、そのあと倉川さんが捨てたカッターを持ってるの。おうちのね、引き出しに隠してる。ジップ付きのビニールに入れてね、血も拭わないで大切にしまってるの」
それで、なんだったっけ。私はなんの話をしていたんだっけ。
「戸崎ちゃんの死体も私が隠したし、血とかも一生懸命掃除しておいたから、心配しないでね」
色々と思い出していたらまた高揚してきてしまった。目を細め、火照った頬を隠しもせずにうっとりと窓の外を眺める。ここから見える体育倉庫の、あの裏側。絶妙に見えないあそこは私と戸崎さんの聖域。
「倉川さん、ありがとう。本当にありがとう。誰かに助けてもらったのは初めてなの。本当は私がね、殺してやりたかったんだけどね、どうしても出来なかったから。代わりに殺してくれてありがとう。もしもの時は私が罪を被るから安心してね。私はそれを言いたかったの」
机一つ挟んだところに立っていたはずの彼女が、私の手を握ってきて驚いてしまった。そういえば彼女は誰だろう。そう、同じクラスの子だというのは分かるんだけど。確かオレンジのペンケースを取りに来て、それからずっとここにいたのだろうか。
思い出に浸ると周りが見えなくなるのは私の悪い癖だ。何故か涙を流している彼女のことを知らないのがとても申し訳ない。耐えきれず「あの」と声をかけようとして、彼女はパッと表情を明るくさせた。
「だってね、見て。あんまりに辛いものだから、手首も沢山切っちゃったんだよ。傷だらけで気持ち悪いでしょう?」
季節外れの長袖を捲って私の目の前に差し出してくる。何だろうと視線を落とし、私は自分の目を疑った。思わず彼女の手を取ってそれを眺める。同時にボロボロと涙をこぼす私を見て驚いていたけど、そのうちに彼女も同じように泣き出した。
「優しいね、倉川さん。倉川さんに出会えて本当に良かった」
そんな、まさか。彼女もそうだったなんて。気付かなかった自分自身に腹が立った。これは彼女が辛くて苦しい日々を一人で耐えてきた証だ。救いもなく、助けを求めることも出来ずに。その姿を鮮明に想像すれば、あの日あの映画でビルから飛び降りたラストシーンの彼女と重なった。どうして気付いてあげられなかったんだろう。胸が潰れそうに痛んで仕方ない。呼吸すら苦しくなってしまう程に。
「私ね。辛くて辛くて、自殺するのも苦しくてね」
「うん、うん。そうだよね。分かるよ」
「ありがとう、倉川さん。私はもう幸せだよ。倉川さんのおかげでとっても幸せなの」
「大丈夫。分かってるから」
「ごめんね。もう……倉川さんがそんなに泣いてくれるから、私もつられちゃった。恥ずかしいね。ごめんね」
「ううん、そんなことない」
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