教習車

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「そこの角を左折。一旦停止の表示はないけど、よく左右を確認して。よし、次は前方に見える信号を右折。対向車はもちろん、歩行者にも充分注意して」  俺の指示に、運転席の生徒がうなずく。  夏休みを利用して、運転免許証の獲得に挑む大学生。  教習所での訓練はある程度終わり、今は路上運転の真っ最中だ。  たいていのドライバーは、教習車の運転の拙さは大目に見てくれる。  だから遅くてもいい。信号を一度で曲がれなかった、とかでもいい。  慎重に慎重に。どうか無事に教習所へ戻ろう。  そんな俺の願いも虚しく、ブレーキの踏みが甘いまま、車は脇道から大通りへ出てしまった。  響き渡る衝撃音。それを聞きながら思う。  またダメだったか。  十年以上前、この生徒の運転中に起きた事故で、俺も生徒も命を落とした。でも成仏はできなくて、今も教習車で走り続けている。  スタートはいつも教習所の入り口から。  どうか、指示したコースを無事に走ってくれと祈るのだが、必ず事故が起こってしまう。  これでも、事故を起こした当時よりは、かなり教習所に近い所まで戻って来れるようになったんだ。だからもう何年かで、俺達は教習所に帰り着くことができると思う。  そして、何となくだが、その時俺達は成仏できるのだろう。  焦らなくていい。ゆっくりと教主所まで走り抜いて成仏しよう。  だから運転中は慎重に、とにもかくにも慎重に。  運転席の生徒にそう告げて、俺は助手席から今日も相手を見守り続ける。 教習車…完
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