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犬ころ
小さな音を立てて、地面に降りる。草の生い茂る道は足をちくちく刺して煩わしい。
「おい。フィン」
突然頭上から降りかかった声。
聞き覚えのあるそれにうんざりしながら振り返る。
「ンだよ、人の名前気安く呼ぶな」
いつの間に居たのか、すぐ後ろにデカい図体の男が立っていた。
ゴツゴツとした筋肉まみれの身体。
容姿は悪くないが。いかんせん辛気臭くてどこかぱっとしない。
もっさりとした前髪が目元を大きく隠しているからだろうか。
こいつの名前はレミー、女見てぇな名前だがれっきとした男だ。
しかもこいつは。
「今日は満月じゃあないぜ」
「だから出歩いてるんだが」
人狼のレミー、満月になると狼の姿になるという獣人一族。
ま、オレはこいつが狼になる姿なんて見たことないし、なったとしてもちっとも怖くない。
だって狼だぜ? 人間でも猟銃あれば余裕で勝てる。
「普通逆だろ、それにオレはお前の狼姿を1度くらい拝んでみたいんだがなァ」
なんせこいつらの一族は、満月の光を浴びると銀色の狼になるらしい。
「さぞかし可愛いワンちゃんなんだろう」
そう言ってあえて挑発するように睨みつけてやる。オレはこいつが昔から大嫌いだから。
何故嫌いかって? 色々あるが、まぁ昔から吸血鬼と人狼は水と油で合わないからな。
さらにオレはこの男の方が、なにかっていうと付きまとって説教食らわせてくるのが気に食わない。
「ふん、お前なんかに御する事なんか出来ないぞ……それより、人間界へ行ってきたのか」
オレ達、人ならざるものが暮らす世界。それが魔界。そしてオレの『餌場』は人間界。
「当たり前だろ。オレはクラッシックな吸血鬼なんだ。人間の、しかも飛び切りの美少女の血を飲まないと生きてきられない」
まぁ大体嘘だ。
昔はともかく、今はなかなか人間界への出入りは厳しい。奴らを食ったり襲ったりする事が難しくなった。
そして吸血鬼もそれなりに進化を遂げて、人間の血でなくても他の生き物やそれに準ずる果実を摂取して生きていけるようになったのが現代。
それでもオレはあくまで昔ながらの生き血を好む。
これは趣味趣向であり、まぁ止められない悪癖だと苦言を呈する声もあるが。
「また抜け道を使ったのか」
「うるさい。君に迷惑なんてかけてないだろう」
幾つか出入口を作って、こっそり使わせて貰ってるだけだ。
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