聖女と犬

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☪︎*。꙳☪︎*。꙳☽・:* 何とか刻は間に合ったようだ。見慣れた着地地点に降りたって、大きく息を吐く。 魔界も人間界もさほど違いはないと思う。 空も海も山もある。街だってあるし、人口もそれなりだ。色々と問題はあるだろうが、魔王によってそれなりにちゃんと管理されている。 何が違うか。太陽が無い。 いや、あるにはあるが人間界のとは似ても似つかない。さほど明るくもないし、あのちりちりと焼け付くような熱もない。 ただ薄汚れた洋燈(ランプ)のような不安げな光を届けるくらいのものだ。 だからこそ、あの強烈な太陽の光にオレたち魔界の者達はその熱とエネルギーに圧倒される危険を冒しながらも憧れるのだろう。 特に、太陽に弱いとされる吸血鬼が。 昔ほどではないが、オレもあの太陽というのが苦手だ。しかし同時にいつかその光に包まれてみたいとも思う。こんな事を言えばメンヘラかよと一蹴されるだろうけどな。 「遅かったな」 「あ?」 また後ろに立っていやがった。犬ころ野郎が。 図体だけがデカい唐変木。 「ふん……まさかこのオレを迎えにでも来てくれたわけ?」 思い切り挑発の意思をもって睨みつける。 「そうだが」 「即答かよ」 事も無げに頷く、この犬ころがオレは嫌いだ。 「いつも言っているが……」 「あー、はいはい。人間界行くなってェ? 耳にタコができるっつーの!」 お前はオレのかーちゃんかよ。こんな筋肉ダルマなかーちゃん嫌だぜ、オレ。 「フィン。お前はどう思っているか分からんが、俺はお前の身を案じている。なぜなら、お前のことを大切に思っているからだ」 「はァ?」 こういう恥ずかしいこと、よく言えるよなァ。 熱い友情とかそういうヤツ? オレ全然興味ねぇんだけど。 「はいはい。そりゃあ嬉しい。すごぉく嬉しいぜ。……でもな」 ほんの悪戯心だった。この堅物狼を揶揄ってやろうかなっていう。 あいつの方に向き直り、襟元に手をかけて。少し背伸びをしながら顔と顔の距離を詰める。 鼻先同士がくっつくほどの距離感。 「あんまり縛られるのは好きじゃあない、かも」 (こいつ。やっぱり顔、悪くないじゃあないか) いつもは前髪で見えない目元も、こうも近づけばしっかり分かる。……ん、赤? 人狼は大体琥珀色の瞳のはずだ。極たまに赤みを帯びている奴がいるらしいが。 でもレミーの瞳はほぼ完全に赤い。燃え盛るような火の色だ。 (この色、どこかで……) 「あっ」 記憶を手繰り寄せていると突然、肩を強く掴まれた。思わず痛みに声を上げてしまうほど。 ぎり、と力を込めるのと同時にもう片方の大きく長い腕でオレの腰を強く抱き寄せる。 「見たな」 レミーはそう言うと、抵抗する暇も気力も与えなかった。 「ぅ……ん! ……ふ、ぁ、ッ、んぅ、ッ……」 重ねられた唇から舌がちろりと動いた。上唇を舐められ、隙をついて口内に入り込む。歯列をなぞり蹂躙していく。 オレはというと。呼吸をする暇さえ与えられず、混乱と酸欠の中でもがいていた。 頭がぼんやり霞がかったようだ。何かの術でも掛けられたのか酸欠だからか。 ともあれ、今までの女とのキスでは味わったことの無い焦燥感と戸惑い。 さらに味蕾の上で感じたこの味……。 「……ッ、の!……は、離せよッ!」 脳みそにカッと血が巡るのを感じた。 少し腕を緩めた時を見計らって、全力で逃れる。 案外あっさり解放され、思わず反動で地面に座り込んでしまった。 「ちょっと顔色が悪かったものでな」 珍しく顔を歪めて笑うこの人狼の手には果物。 これはオレ達吸血鬼が主な栄養素補給として食べるもの。 言わば血液の代用品。 (こ、こいつ……オレに口移ししたのか) 「この駄犬ッ! ばーかッ!」 オレは震えるくらいムカついて、レミーの胸を乱暴に殴りつけて逃げた。 まるで生娘だ。アメリアを笑えないな、と思いながら。
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