永遠とはどういうことか

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永遠とはどういうことか

 当たり前のことだが、この世で生きている限り、死という終わりは誰にでもやって来る。そうして、霊界へとゆく。  肉体には限りがあるが、心は永遠である。つまり、霊界へ行ったあとは、生まれ変わらない限りは死は二度と訪れない。  霊界、神界には死がない。永遠の世界。これは理解ができるだろう。それでは、どんなところが、どのようにこの世界と法則が違うのか具体的に見ていこう。  まずは容姿の問題。Aさんは戦国時代に三十二歳で亡くなった。霊界では見た目はいくつか?  これは比較的答えは出やすいと思う。永遠の世界ということで、何年経っても三十二歳のままだ。  それでは次の問題。Bさんは同じく戦国時代で、生まれる出る前に胎児のまま亡くなった。霊界では見た目はいくつか?  少々難しいと思う。考えてみよう。Bさんは一人きりで霊界へと戻ってきている。そうなると、Bさんがどうやって生活するのかを考えると、答えに近づくかもしれない。  これは特別ルールが適用される。霊界は心の世界。心が成長していけるように、三歳未満で亡くなった者に対しては、一人で動き考えることができる最低限の年齢――三歳へと自動的に成長する。ということで、Bさんは三歳が答え。  それでは、今度は神様の問題。二千年前に生まれた神様の見た目はいくつだろうか?  人の年齢をはるかに超えている。おじいさんだろうか。それとも若者か。よくよく考えてみると、迷うところではないだろうか。  それでは答え。若者であることが多い。  これは神世だけの特別ルールがある。十八歳までは年齢を重ねるが、その後は自身の好きな年齢で止めて、永遠を生きていけるのである。  このように、物質界とは法則がまったく違う。次のようなことも当たり前に起きている。見た目が五歳でも四百年以上生きている子供も普通にいる。大人顔負けの人生論を語る。  つまりは、見た目で人を判断してはいけないということだ。子供の話だからといって話半分に聞いていてはいけない。霊界と神界は何度も言うように心の世界であり、大切なのは中身である。  ただし例外がある。まずは霊界での話だ。心に何らかの影響が加わると、若返りということが起きる。高齢で亡くなったのに、二十代の若者になってしまったという話は聞いたことがある。  それから、これは神様だけの話だ。結婚をする際には、お互いの魂を入れ替えるという儀式を行う。この際、相手の魂の影響を受けて、年齢や背丈、見た目が変わるということはよく起きる。  久しぶりに会ったら、全然違う容姿の神様になっていたということがあった。  心を入れ替えて生きていこう――  そんなことを人生で考える時はあるだろう。その時、世界の見え方が突然変わったという経験はないだろうか。それは、心――魂の姿形が変わったということだ。肉体よりも変幻自在なのである。  別のことからも、永遠の世界が何かがわかる。以前、こんなことが起きた。神様の子供が遊びに来た時の話だ。洗濯機と冷蔵庫を見て、彼らは不思議そうな顔をした。 「この箱何?」  永遠とは劣化しないと同意義である――  温かい食べ物はいつまでも温かいまま、冷たい食べ物はいつまでも冷たいまま。腐ったり衰えたりしない。全てのものがいつまでも新しいままで、たとえ壊れてしまったとしても、逆再生する映像のようにすぐに元の形へと戻る。  服は汚れない。食べ物を保存するために冷やす必要もない。ということで、冷蔵庫と洗濯機は霊界にも神界にもない。  驚くかもしれないが、食べ物を地面の上に子供が落としても、親がそのまま拾って、子供に食べさせるのが当たり前。汚れるという概念がないのだ。  真実の愛に出会えたのなら、別れは決してこない。永遠に続くとは、こういうことでもある。筆者は霊界や神界で別れたという話を一度も聞いたことがない。  病気になることもない。怪我をすることもない。もちろん、死なない。  こんな神様たちがいた。まっすぐ立っている姿勢で、大人三人で横並びになり、真ん中の人が両脇の人の肩を引っ張って、地面の上に仰向けに一緒に倒した。  物質界でこんなことをしたら大怪我だ。下手をすれば打ちどころが悪く死亡する。死ぬことがないからこそできる、幽霊や神様の遊びのひとつである。  子供が何メートルも高い場所から転落したとしても、誰も驚くことはない。痛みは感じるようだが、かなり小さなもののようだ。  霊視した世界で、ありえない光景を目にしても、永遠という条件で測り、受け入れる練習をしよう。  そこから、柔軟な発想が生まれ、この世界でももっと自由に限界いっぱいで生きていけるヒントを、幽霊や神様から受け取りやすくなるだろう。  次は重力について話そう。
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