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「ひええ、ひいっ、ひっ」 何度もつまずき、転びながら、がむしゃらに走って洞窟の外に出た。ようやく出口にたどり着いたらしい。 しかし社ではなく、大海原が目に飛び込んできた瞬間、松五郎はここが出口と真逆の場所だと気づいた。 一番奥の五つ目の穴。外海に面した、もっとも危険な場所だ。 冷や汗がいくつも背中を伝っていくのがわかる。 中に戻っても、あの化け物がいる。 海なら、何とか生き延びられるかもしんねえ。 「神様、神様、どうかおれをお助けくだせえ」 意を決して飛び込もうとした時、ひときわ大きな波が打ち寄せて松五郎を呑み込んだ。 痛え 痛え 助けてくれえ 波に巻かれ、何度も海中で岩に打ちつけられながら、ひたすらに祈る。 ふと、激しい流れにいたぶられるがままだった体が自由になり、海面に浮かび上がった松五郎は大きく息を吸って目を開けた。 周りには何もないが、遠くに注連縄のある岩が見えた。 鎮守岩だ。 「ありがてえ」 そうつぶやいて、あちこち痛む体で岩に向かって泳ぎ始めた。 すると。 「ん」 水を蹴る足にざらりとしたものが触れた。 何だと思った途端に今度は左脇腹を強く小突かれ、目を向けた松五郎は血の凍る思いをする。 すぐ近くで向きを変える青黒い三角の背びれがひとつ、ふたつ。少し離れたところにも見える。 鰐鮫(わにざめ)―― 「ぐおっ」 右脚に激痛が走ったと同時に、松五郎は凄まじい力で海中に引きずり込まれた。 吐き出した気泡にまじり、赤い、彼岸花の花びらに似たもやが上に向かって伸び、眼前を染めていく。 松五郎が最後に見た光景であった。
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