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「そなたを見つけて引き揚げようと言ったのは松五郎だ。あの爺いには」 「あの男は」声が冷たくなる。 「あなたさまがいないうちに私の体を辱しめたのです。着物をはだけて乳に触れ、ほとを開き。許せなかった」 「……」 嫌悪に顔をしかめた吾郎の手を取り、 「でも、あなたさまは醜くなった私を嫌がりもせずに抱き上げ、優しく墓穴へ入れてくださった」 「たいしたことではない」 「でも、嬉しかったのです」 しのの微笑みは生気がないが、美しく、はかなげだ。 しばらくしのを見つめていた吾郎は「しの」と口を開き、 「おれの精が欲しいのなら、吸い尽くしても構わん」 「……吾郎さま」 「なに、一度は洞窟で失いかけた命だ。好きにしろ――それにそなたはまだこの世に未練があるのだろう。おれの精がもつ限り娑婆を楽しめ。化けない程度にな」 「それは」 戸惑うしのを抱き寄せ、囁いた。 「おれは、そなたに出会えて嬉しかった」 「……!」 いつの間にか、愛しく思っていた。 髪に頬をうずめ、嗅げるはずのないしのの香りを深く嗅いだ。 そしてしのも、永遠にぬくもりを失った手で吾郎にすがりつき、頬を広い胸にすり寄せた。 「……吾郎さまは、あたたかい」 「そなたは冷たいな、しの」 「最後にひとつ、お願いをいたします――しばしの間、このままでいさせてください」 頬を、涙が伝って落ちる。 しのは声を震わせ、 「あなたさまに出会えて幸せでした。……もう、思い残すことなどございません」 ふと、指が、冷たい頰の涙を拭った。
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