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子の刻。
秋の虫が鳴く夜、村はずれの細く長く続く道を、艶やかな髪を振り乱して駆けるひとつの影がある。
いや。
月の光が柔く照らす藪の中を、時には岩場を、腕や足を傷つけながら無我夢中で走った。
自分の荒い息づかいが、この世で一番大きく聞こえる。
いや。いや。
いくらおっ父のためとはいえ、
あんな業突く張りの醜男に嫁ぐなど。
行くあてなどない。
それでも逃げたかった、どこか遠くへ。
全てのしがらみから解き放たれる、どこかへ。
身の丈を越えるほどに伸びた草をかき分ける合間、打ち寄せる波の音が小さく聞こえた。
その時、
「あっ」
突然、足下が頼りなく抜ける。
月夜の空が急に遠ざかり、しのの目の前は真っ暗になった。
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