1999年、6月

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コンコン、と控えめに病室の戸をノックされて、こっそり執筆をしていた僕はあからさまに怯えた。 消灯の時間はとうに過ぎていて、こんな夜遅くに来るのは迎え(・・)なんじゃないかと思って。 布団を捲り、音を立てないように裸足で歩いて、息を潜めて戸をスライドさせて息を飲んだ。 ドラマでもなかなか見たこともないくらいのバラの花束が、目の前に現れたからだ。 「入れてくれ」 花束の向こう側で、顔も見えない久住がぼそりと言う。 いつも我が物顔で勝手に入って来るくせに。 「お前一体……紫のバラなんて珍しいな。でも何で……」 「生前葬をしに」 ギクリとした。病室の入口で突っ立った男は穏やかな声で言った。これは本当に久住だろうか。 「久住?」 月明かりと、テーブルランプの灯りだけの室内。 裸足の足の裏が一気に冷えた気がした。 確かに生前葬がしたいと冗談めかして言ったのは僕だが。 静寂(せいじゃく)が続き、いつまで立ち尽くすのかと思った頃、久住が口火を切った。 「話したいことがもっとあった。卒業しても連絡を取ればよかった。友達でもいいって言って傍を離れなければよかった。彼女はつくらないで欲しいと我儘を言えばよかった。嫌われてもしつこく口説けば良かった。ダメ元で一度くらい押し倒しておけばよかった。呼ばれなかった結婚式に、乗り込めばよかった」 両親が聞いたら卒倒しそうな弔辞(ちょうじ)に、苦笑いする。
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