1999年、6月

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久住は鼻をすすった。 都合よく顔を隠している花束を僕は奪い取り、あまりの重さに床に置いた。 隠れ(みの)を奪われた久住は、片手で目元を覆って俯いた。 「お前、医者のくせによく泣くな。ほんと」 「本当に死んでたらこんなもんじゃねえ。(わめ)き散らして棺桶ひっくり返してあの世から引きずり戻してやるんだからな」 どうしたものか。 これまでの人生でこんな激しい告白をされた試しは無かったし、理性優先で生きてきたから、衝動で動いたことなど無かったのに。 イケメンが台無しなくらい鼻水と涙を流し、崩れ落ちそうな大の男を、抱きとめた。 「あーあ。未練が残った」 「未練なんか思いっきり残してやる、俺の事だけで頭がいっぱいになればいい」 肩に乗せられた熱い頭。加減なく抱きしめ返してくる腕。 幾度、苦しい場面に遭遇してきたのだろう。 もっと知識があれば救えたかもしれない、やれることがまだあったかもしれないと。 手を尽くしても、見送らなければなかった命。 立ち止まっていることも許されない毎日。 幾度、歯を食いしばってきたのだろう。 「……くれ……お前だけは、逝かないでくれ、頼む」 崩れる体を支えながら、抱き合ったまま二人で床に座り込んだ。 抱えていた不安は僕だけのものじゃなかった。 簡単に返事はできなかったし、僕の『葬儀』に不謹慎だったけれど、少なくとも死の予感が消滅する程度には胸がいっぱいになった。 だから、この夜のことは決して忘れないと思った。 この先に何があろうとも。
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