1999年、6月

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まだ身体の自由が利く今のうちに、外出の許可をもらって、僕は芽衣子を連れて近くの遊園地に行くことにした。 「お前は誘ってない!」 「非番でも案外することないし。医者同伴なら完璧だろ」 メリーゴーラウンドに乗る芽衣子に手を振りながら、僕はもしや同性カップルに見られていないかヒヤヒヤした。 「可愛いな、芽衣子ちゃんは」 「そうだろ」 娘を褒められるのは悪い気はしない。 ベンチで飲む冷たいコーラは初めて飲んだ気になるほど美味しくて、風は爽やかで、楽しそうな音楽が流れていて、まだ健康体な気がして、現実逃避にはもってこいの場所だった。 隣から受けている、絡みつくような視線がなければ。 「さっきから、何なんだよ」 ベンチの背もたれに腕を伸ばしたパーカー姿の久住は、真面目な顔をして平然と言った。 「まだ好きだと思えるもんだなあと思って」 さすがに耐えられなくなって僕は僅かに赤面した。 「おま……馬鹿言え! あれから何年経ってると思って……」 「いやマジで。参るよな」 自嘲気味(じちょうぎみ)に笑って、久住は首すじを掻く。 ──僕は素直に驚いていた。 こんな先行きの危うい人間に対して、恋心を持ってくれることに。 けれどすぐに言葉は出てこなくて、僕は両手で持っていたコーラの紙コップを持て余した。 (なにをモジモジしてるんだ……! ありがとうとか嬉しいよ、とか大人らしく返せばいいだろ) 相手は男とはいえ、大層なイケメンで。 このところ恋愛を意識するような事が無かった所為か、うっかりときめきなど感じてしまったではないか。 「パパ!」 メリーゴーラウンドから降りてきた芽衣子が走り寄り、僕はおかしな思考からなんとか逃れた。 ほっと息をついた瞬間に、(つまず)いた芽衣子が膝から転んだ。 「芽衣子!」 僕が立ち上がるより素早く駆け寄った久住は、膝とスカートについた砂を払い、明るく笑った。 「俺はえらーい医者だからね、この傷はすぐ痛くなくなるし、すぐ治っちゃうなーってわかるよ。ね?」 「うん、ほんとだ。平気」 口をへの字にしながらもその言葉を信じる姿はいじらしくて。 僕はなんだか本当に目の前にいるのが、世紀末の予言者なんかよりも信じられる偉大な医者に見えた。 「じゃあ次、お化け屋敷行こうか~」 わざとらしく怖がらせる口調の久住に、芽衣子はすぐさま「やだあ」と返したが、 「みんなで行けば楽しいよきっと」 と言って立ち上がり、僕と芽衣子の手を取った。 「うわ、ちょっ……!」 「今だけ」 無理やり繋がされた久住の手のひらは振り払う気も起きないほど優しくて、僕はお化け屋敷の中で、その手のひらの感触だけをずっと意識していた。 僕は。 男を好きになったことは無いし、女性とだって、手を繋いだだけでこんなに脳裏(のうり)に残るほどの記憶は持っていなかった。 就寝時間を過ぎて、夜がちっとも怖くないのは、入院して初めてだった。
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